表紙

 お志津 19 新たな友と



 かわいく左右対称の五角形に折られた折り紙を見て、お絹は目を輝かせてにじり寄り、手に取って眺めた。
「お上手ですねえ。 私も里ではよく折り紙しましたよ。 鶴とかお雛様とか、菖蒲の節句のかぶととか」
 とすれば、お絹は小作の娘ではないらしい。 色紙で遊ぶのは、貧しい農家にはぜいたくだ。
 きっと故郷に帰れば、立派な家がお絹を待っているのだろう。 まさに嫁入り前の行儀見習として、この屋敷に来ているのだ。
「私は三年、こちらにお世話になります。 お絹ちゃんはいつまで?」
「えぇと、再来年までです、たぶん」
 血色がよくかわいい丸顔に、ふと影が差した。
「いい嫁ぎ先が見つかれば、もっと早くなりますけど」
 志津は目をしばたたいた。 親の決めた良縁は、たとえ気に染まなくとも、なかなか断れない。
「私は十三です。 お絹ちゃんは?」
「十五と半です」
「このお屋敷で、一番年が近いかしら?」
「そうですね。 書生の石上〔いしがみ〕さんが十七だから、私がお嬢様と近いと思います」
「お嬢様じゃなく、志津です」
「でも」
「志津と呼んでくださいな」
 困ったように少し考えてから、お絹は小声で提案した」
「それでは、志津さんと呼ばせていただいて、いいですか?」
「ちゃん、のほうがいいけれど、お嬢様、よりはずっといいです」
 二人は目を見交わして、どちらからともなくニコッとした。


 それでもお絹は気を使い、人前では志津さまと言ったが、二人きりになるとぐっと親しみを増して、さん付けが板についてきた。
 志津はお絹の手が空いたときや、逆に雑巾や手拭きの縫い物を言いつけられたとき、部屋や縁側でくつろいで、話をしながら手伝いをした。 志津は村で知られたおてんばながら、兄に似たところもあって手先が器用で、意外にも縫い物は得意だった。
「ごめんなさいねえ、志津さんに代わりに縫ってもらうなんて」
 ぽっちゃりした手のせいが、お絹は針に糸を通すのからして苦手だった。
「かまいませんって。 しとやかなことは嫌いだけれど、縫い物は親に仕込まれたから」
 手持ち無沙汰になったお絹は、これからの志津に少しでも役に立ちそうなことを、いろいろと話してくれた。
「女学生の方々は、とてもおしゃれでねえ。 着物に凝りなさるそうですよ。 やんごとない方々のお入りになる華族学校では、きれいなお着物の上に紫の袴〔はかま〕を重ねて、馬車でお通いになるとか。
 私もお末〔すえ〕さんに買物に連れていかれたとき、二人連れの女学生を見ましたよ。 髪を後ろに長く垂らして、上だけ高く結い上げてねえ、さっそうと歩いていました。 お役人みたいな靴を履いて」
「男の人のような靴?」
「そうなんです。 あれ。女用の革靴なんですかねえ。 初めて見ました」
 志津は目を細めた。
「鹿鳴館〔ろくめいかん〕の舞踏会では、洋装の下に、細い踵を付け足した靴を履いて踊ったんですってね。 新聞に絵入りで出ていました。 どうやって釣り合いをとったんでしょうね」
 竹馬のような妙な突っかえ棒のついた靴でよれよれ歩く婦人達の姿を想像して、二人はプッと噴きだした。







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