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お志津
17 大人用の庭
明治と年号が変わってから、大きな都市では次々と学校が誕生していた。
たとえば、寛太郎と敦盛が入っている東京専門学校の前身は私塾で、政治家の大隅重信が自らの別荘の敷地に建てたものだった。
今度、志津の入学が決まった清徳女学館も、やはり私塾から学校に名を変えていて、就学年数は三年だった。 まだ学校制度が大ざっぱで、事情があれば二年で卒業できたり、四年制、五年制と、ドイツの学制に基づいて長く通わせる学校もあった。 また、秋に年度開始の場合が多かった。
志津の実家から半月ほど遅れて、山根裁判官の庭でも秋の紅葉が始まっていた。
田舎育ちで、敷地が畑に続いていて境が見渡せないほど広い家に住み慣れている志津にとって、山根邸はこじんまりと箱庭のように映った。 でも実は、近所でも評判の大きな土地で、庭は植木屋が丹精こめて刈り込み、庭園とさえ言われていた。
見事に整った庭がよく見える離れに、志津は部屋を与えられた。
父が本屋にいそいそと出かけた合間に、今後寝泊りするその部屋で荷物の整理をしていると、障子の向こうから声がかかった。
「お着替え中?」
畳んだ着物を急いで箪笥の引出しに押し込むと、志津は元気に答えた。
「いいえ」
「それじゃ、入っていいかしら? 息子たちとお引き合わせしたいの」
「はい」
この屋敷に着いてから、ほぼ二時間。 家の中は静まり返っていて、子供の気配は感じられなかった。
それでも三人のちびは、どこかに存在していたらしい。 志津は期待して、廊下のほうを向いて座り直した。
すると障子が音もなく開き、きちんと座った子供三人の姿が見えた。 横で貴代〔たかよ〕夫人が促した。
「さあ、中に入ってご挨拶を」
子供達は、背の順に整然と入ってきた。 貴代夫人が最後に入って障子を閉めると、まず右端の一番大きな子が、折り目正しく頭を下げた。
「山根信吾〔やまね しんご〕です」
すぐに真中の子が続いた。
「山根孝次郎〔やまね こうじろう〕です」
そこで左端の子が志津の顔を見て、にっこりした。
「山根むつお、です」
間に息継ぎの入ったかわいい声に、志津も思わず笑顔になった。
だが、兄弟と母は困った表情になり、次男の孝次郎が末弟に顔を寄せて、なにやら囁いた。
末っ子は顎を上げて座りなおし、もう一回挨拶にかかった。
「やまにみつおです」
そこでようやく、志津にもわかった。 まだ三歳(今でいうと二歳)の子なので、口がよく回らないらしい。
確か、山根充雄〔やまね みつお〕という名前だったはず。 そういえば、続けて言うと言いにくいような。
志津はまじめな表情を保って、丁寧に答えた。
「信吾さんと孝次郎さんと充雄さんですね? 初めまして、峰山志津です。 今日からこちらにお世話になりますので、よろしくお願いします」
貴代のほうが噴き出しかけていたが、袖口でうまく顔を隠してごまかし、また三人を促した。
「お返事は?」
長男の信吾が代表になって、しっかりと答えた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
なんてかわいい子供たちだろう。
顔立ちもさることながら、動作がおっとりしていて強制された感じがなく、三人とも目がいきいきしているのがよかった。 この子たちならいい遊び相手になる、と志津は嬉しくなった。
だが翌日、肝心の遊び場所そのものがあまりないことに気づいたのだ。
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