表紙

 お志津 14 彼の大きさ


 喜んで許婚を返上する、という部分が、耳に引っかかった。
 志津の頑固な横顔から目を離せないまま、敦盛はそっと尋ねた。
「未練はないのか? あれでなかなか色男だが」
 とたんに志津は、プッと噴き出した。
「色男〜? そうなの? 考えたこともなかった」
 なんとなく可笑しくなって、敦盛も笑い出した。 二人の明るい笑い声が、風と梟の鳴く音しかないしじまの中に響きわたった。
「君だってわかっているはずだ。 ここへ来たとき言ったじゃないか。 義経と弁慶だと」
 志津の頭が回り、きらきらした眼が考え深げに敦盛を見つめた。
「覚えてた? 気に障ったなら謝るよ」
「いや、弁慶なら強そうだ」
「背の高さで、そう思っただけ。 カンタローの顔なんて見ちゃいなかった。 ただ」
 そこで不意に、言葉が出なくなった。 志津はそんな自分に驚き、立ち止まりそうになった。
 ただあのときは、この人に見とれていたのだ。 この人はあまりにも大きく、圧倒的で、どうしても目をそらせなかった。
「ただ、どうした?」
 訊き返されて、志津はようやく我に返った。
「……村相撲に出たら、みんなを投げ飛ばしそうだなって」
「どうかな」
 敦盛は首をひねった。
「柔術〔じゅうじゅつ〕なら習っているが、相撲はもっと下半身がどっしりしていないと」
「そうだ、来年も来る? もっと大きく育っていると思うから、きっと勝てるよ」
「これ以上?」
 敦盛は思わず自分の体を見回した。
「一昨年までは普通の背丈だったんだ。 そこからめきめき伸び出して、一時は膝が痛くなった。 竹のようだと言われたよ」
「じゃ、まだ鈴鹿さんは竹の子なんだね。 孟宗竹〔もうそうちく〕に育つまで、あと何年かな」
 困ったように、敦盛は首筋に手をやった。
「わからんな。 二十四、五までは成長するというから、雲つくような大男になったらどうしよう」
 志津はまた噴いて、なぐさめるつもりで、ぱりっと糊のきいた敦盛の着物の袖を軽く叩いた。
 その手が流れ、彼の手首に触れた。 同性とは違うごつごつした感触が、目新しかった。
 敦盛の顔が上がった。 そして、離そうかどうしようか迷っている志津の手を、しっかり握り返した。
「いっそう暗くなった。 足元に気をつけて」
 志津はとっさに声を出せず、こっくりとうなずいた。 二人はそれからずっと、志津の家の灯りが道の先に見えてくるまで、手を握り合っていた。








表紙 目次文頭前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送