表紙

 お志津 13 微妙な縁談


 志津がいくら一人で大丈夫だと言っても、敦盛は聞かなかった。 見切りをつけて志津が歩き出すと、敦盛もすぐ追いついてきて、当たり前のように横に並んだ。
「そういえば、君の家は知らなかったな」
「東の村外れ」
「峰山一族は代々の名主で、苗字帯刀を許されていたそうだね」
「カンタローが話したの?」
「そうだ。 村一番の名門だと言っていた」
「うちの父さんは違うよ」
 あっけらかんと、志津は言い返した。
「父さんは文士なの。 地主の仕事もしないわけじゃないけど、たいていは書斎にこもって、文章ばかり書いてる。 ばっちゃんは怒ったときに、長男のくせに駄文ばかり書き散らして、あいつは三文文士だって」
「それはひどいな」
 敦盛は笑いをこらえた。
「上等じゃないかもしれないけど、話はけっこう売れてるんだよ。 どこかの新聞の連載小説も書いてる。 私には読ませられないって、母さんは言うけど」
「ほう。 何という筆名?」
「え?」
「本名で書かないで、別の名前を使うだろう、よく?」
「ああ」
 提灯で夜道を照らして歩きながら、志津は小石を軽く蹴った。
「たしか、佐竹〔さたけ〕何とか。 よく覚えてない」
 国許〔くにもと〕へ帰ったら調べてみよう、と、敦盛は思った。


 道はうねうねと曲がりながら続いた。 少し離れた林から、低い梟〔ふくろう〕の声が聞こえる。 雲一つ無い空は、墨を流したように黒く、星の群れが青白い半月を取り囲んで、静かにまたたいていた。
 少し続いた沈黙を、志津の柔らかい声が破った。
「私も学校へ行かされるんだ」
 敦盛は興味を引かれた。
「ほう。 いつから?」
「鈴鹿さんたちと同じ、来月から」
 その口調がいかにもいまいましげだったので、敦盛は思わず志津の顔を覗き込んだ。
「いやか?」
 長い睫毛の下から、活き活きとした眼が敦盛を見返した。
「うん。 東京の真中なんて行きたくない」
「そうか。 でも、あっちは賑やかで面白いぞ。 目抜き通りの銀座なんか、いっせいに煉瓦作りに建て替えたから、散歩するだけでも風情がある」
「毛唐〔けとう〕の真似なんかして! 煉瓦って石みたいなもんだろう? 地震があったら崩れて、危なくて仕方がないじゃないか」
「そこは考えてあるさ。 わが国の石垣を見ろよ。 がっちり組み合わさって、揺れてもびくともしない」
 ふん、と言いたそうな顔をして、志津は頑固に横を向いた。 提灯の薄赤い炎にほんのり照らされた小さな鼻と、まだ幼さを残した柔らかい頬が、敦盛の心に写真のように焼きついた。
「文句を言わずに、東京市においで。 休みに街を案内するよ、郡〔こおり〕と二人で」
 志津の頭が動いた。 黒目がちの瞳が、ちらっと敦盛を見た。
「男子〔おのこ〕二人と町見物? そんなの許してもらえるかな」
 敦盛はまばたきした。
「おのこと言っても、郡は君の許婚〔いいなずけ〕なわけだし」
 むっとしたように、志津は息を吸い込んだ。
「親たちが勝手に決めただけだ」
 敦盛の声が、僅かにかすれた。
「認めたくないのかい?」
 一拍の間を置いて、志津は答えた。
「十五になったら、改めて考える。 それまでにカンタローが他の人を好きになれば、喜んで話をなかったことにしてあげるつもりだ」
 








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