表紙

 お志津 12 未来の抱負


 敦盛は怪訝〔けげん〕そうに、自分の肩までしかない志津を眺めた。
「郡〔こおり〕に訊いてないのか?」
 志津は目をそらし、唇をとがらせた。
「カンタローは何も話してくれないよ。 友達と遊ぶので手一杯だもの」
「友達って、おれのことか」
 苦笑して、敦盛は近くの木に寄りかかった。
「学校は、そうだなあ、やはり第一に勉強するところだ」
「そりゃそうだ」
 にやっと笑って、志津は相槌を打った。
「友人を作るところでもある。 いろんな土地から集まってきているから、話を交わすと参考になる」
「だろうね」
「うちの学校の基本は実学だ。 つまり、役に立つことを学ぶんだ。
 末は博士か大臣か、と野望を持つ連中は、きゅうくつな帝国大学へ進学して、頭でっかちな授業を取っているという噂だ」
「鈴鹿さんには野望はないの?」
「ああ、だが夢はある。 親の仕事を継いで、世界へ踏み出すつもりだ。 商売のかたわら、列国の事情を調べて、わが国を後方支援する。 まず敵を知れ、というのが兵法の基本だから」
 敦盛の声は穏やかで、姿勢にも構えたところはなかった。 しかし、大きくて表情豊かな眼からは、若者らしい熱が隠し切れない光を放っていた。
 彼の言葉に、志津は打たれていた。 相手が子供だから、女だからと程度を下げず、心にあることをそのまま語ってくれた敦盛は、志津の目に眩しいほど大きく見えた。
「それは、叶う夢だね」
 敦盛の大きい口元がゆるんで、よく揃った歯がのぞいた。
「たぶんな。 卒業してからが大変だろうが。 親の見習いをしばらく続けて、商売のコツを掴まなけりゃならない。 父はやり手だから、それだけ厳しいんだ」
「丁稚奉公〔でっちぼうこう〕みたいなもの?」
 志津が訊くと、敦盛は楽しそうに笑った。
「まさにそれだ。 きっと朝早くからたたき起こされて、あちこちに走り使いさせられる。 今のうちに体を鍛えておかないといけないな」
 そこへ、三々五々子供たちが駈け戻ってきて、腕に抱えた商品を説明しはじめた。 何人もいっせいにしゃべるので、とても聞き取れない。 敦盛は大きな動作で子供たちをなだめると、先に立って店を回り、代金を払った。
 感心なことに、合計金額は予定の九十銭を下回った。
 そこで敦盛は、欲を出さなかった皆に、ほうびとしてもう一銭ずつ配った。
「みんな正直な良い子だ。 こんなに買って、と親に怒られたら、郡さんとこの客が勝手にくれたんだと言いな。 じゃ、帰ろう。 うちまで送っていくから」
「ありがとう!」
 自然に子供たちの声が揃った。


 村の通りを歩いていく集団は、子供を送り届けるたびに少しずつ人数が減って、最初はにぎやかだったのが最後は松治郎だけになった。
 その松治郎も、家の門が見えてくると走り出した。
「ただいま〜! 新しい剣玉〔けんだま〕買ってもらったよ〜、ねえ見て」
 小さな後姿が玄関に消えた後、志津は立ち止まった。
「それじゃ、おやすみ」
「待ちな。 一人で帰すわけにはいかないよ」
 敦盛は断固として言った。









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