表紙

 お志津 11 気配りの人


 志津は右手を額にかざし、子供たちが駈け去った方角を眺めていた。 そして、敦盛が歩き出そうとすると、すぐ声をかけた。
「戻ってきたよ。 ほら、あっちの方から」
 そう言われて、敦盛はうっそうと茂った林の奥に目をこらした。 だが、そこはほぼ真っ暗で、見通しがきかない。 それでも何かが動いたような気がしたので、瞬〔まばた〕きを抑えて見つめ続けた。
 すると間もなく、男の子たちが小さな影となって見えてきた。 駆け込んでいったのとは違う木陰から広場に出てきた二人は、すっかり息があがってよろめき、肩でぜいぜいと息をしていた。
 なんとか志津のそばまでたどりつくと、吾市〔ごいち〕は力つきて膝をついた。 それでも誇らしげに、かすれた声で叫んだ。
「逃げ……きった……よ」
 鬼の松治郎は敦盛の前でつまずき、大の字になって引っくり返った。 それでも体をくるりと裏返すと、這っていくふりをしてあがきながらうなった。
「ここで逢ったが百年目、目にもの見せてやる、そこへ直れ!」
 敦盛は笑いながら松治郎を助け起こし、土ぼこりを払ってやった。
「よくがんばった。 だがもう時間切れだ。 今夜は引き分け。 もう家へ帰ろう」
 他の子たちも集まってきて、男の子二人の頑張りを口々に褒めた。
「すごかったよ、吾市ちゃん。 松ちゃんは村一番足が速いのに」
「松治は今日、剣道の稽古をしたから疲れたんだ。 いつもなら掴まえたさ」
 松治郎の親友の国雄〔くにお〕が力説した。
 七人ほどいる子供達は、みな手に何がしかの土産を持っていた。 まだ何も買ってもらっていないのは、そんな暇のなかった松治郎と、父親が怪我で寝込んでいる吾市だけだった。
 敦盛は、すぐその状況に気がついた。 それで子供たちを連れて、夜店の並ぶ一角に歩いて行った。
「十月に学校が始まる。 だからもうじきお別れだ。 そこで、みんなに餞別〔せんべつ〕をおごろう。 ひとりにつき十銭まで、好きなものを買っておいで」
「わあっ」
 喜びの叫びが爆発した。 一円が現在の二万円から三万円といわれるほど値打ちのあった時代だから、十銭といえば子供には結構使いでがあった。


 彼ら、彼女たちがあちこちの店に鈴なりになって、立ったりしゃがんだりして真剣に品物を選ぶ間、敦盛と志津は自然に並ぶ形になって待っていた。
 やがて、志津が口を開いた。
「お金、足りる? 九人もいるんだよ」
 敦盛は思わず笑顔になった。
「大丈夫だ。 二十円持ってきたが、ほとんど使わなかった。 帰りの汽車賃を引いても、まだゆとりがある」
「町中と違って、ここらはあんまり店がないし、鈴鹿さん酒飲まないからね」
 敦盛はちょっと複雑な表情になった。
「飲めないわけじゃないが」
「へえ、じゃカンタローと飲み歩いたりするの?」
「まあ、たまには」
 面白そうに敦盛を見上げた志津の眼が、ふっと真剣になった。
「ねえ、上級学校って、どんなとこ?」








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