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お志津
8 いい夏休み
その年の夏は、少なくとも寛太郎にとって、いつもより楽しい季節になった。
年の近いきょうだいは姉の沙代〔さよ〕だけで、もう隣村に嫁いでいる。 しかも、たまたま村に同じ年恰好の子がいなかったため、これまで遊び相手が少なかった。 でもその年は、気の合った友人の敦盛が来て、寛太郎ははしゃいでいた。
低い山に囲まれた静かな村だが、夏の行事は盛んだ。 忙しい農作業の合間を縫って、相撲大会、村歌舞伎、夏祭りに句会と、にぎやかに人々は集〔つど〕った。
志津は、ほとんどの集まりに顔を出した。 陽気で機転がきき、年下の子の面倒見がいい志津は、どこに行っても人気があって、いつの間にか見やすい席に収まっている。 彼女の周りにはいつも子供たちが群れ集まっているせいで、居場所がすぐわかった。
初めは寛太郎にまとわりついていた松治郎も、兄が敦盛とばかり出歩くので、志津の取り巻きに鞍替〔くらが〕えしてしまった。
「まるでコガモを連れて歩く母ガモのようだな」
背後でにぎやかなわらべ歌が聞こえるのを、敦盛が振り返って、笑いながら言った。
彼と寛太郎は二人して、近くの川へ鮒〔ふな〕釣りに行くところだった。 寛太郎もちらりと振り向いたが、毬をふたつ抱え、その上に小枝まで持って歌の拍子を取っている志津を認めると、急いで前に向き直って答えた。
「頼りにされているんだ。 志津にまかせておけば無事だからと。
去年の夏に、伊兵衛〔いへえ〕さんの末っ子の太吉〔たきち〕が行方知れずになってな。 村中総出で探したんだが見つからなかった。
そのとき、志津が子供たち一人一人に尋ねて、九門山の裏に風穴〔ふうけつ〕ができて子供たちの秘密の遊び場になっていたことを聞き出したんだ」
「それで、その子は助かったのか?」
「ああ。 地すべりが起きて穴の入り口が埋まって、出られなくなったのを、男衆が掘って助けた。 志津が調べなかったら、生き埋めになるところだった」
敦盛は真面目な眼になって、もう一度振り返った。
「子供達は、志津さんには心を許して話したということだな」
「あいつは親のように、いたずらしてもげんこつで殴ったりしないから。 それに自分も子供だからさ」
寛太郎は簡単に言って、足を速めた。
「騒がしくついてこられちゃ、魚が逃げる。 上流のほうにいい穴場があるから、あいつらに見つからないように急ごう」
敦盛も言われるままに速度を上げた。 だが、一言付け加えた。
「自分が子供だからって、他の子供の気持ちがわかるとはかぎらないと思うぞ」
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