表紙

 お志津 6 不安な未来


 引っ付き虫の志津がいなくなっても、学生二人には弟の松治郎というコブが新たについた。
 しかも、三人で歩いていると、遊んでいた子供たちが次々と話しかけてきて仲間に加わり、寛太郎が四ヶ月ぶりに家にたどり着いたときには、八人もの集団にふくれあがっていた。
 にぎやかだから、家の者たちにはすぐわかった。
「寛太郎坊ちゃん、おかえりなさい!」
 木陰で涼んでいた下男の庄吉〔しょうきち〕が、煙管〔きせる〕を煙草盆に置いて飛んできた。
「お迎えにいきたいと奥様に言ったんですがね、男子なんだから一人で帰れる、とおっしゃいまして」
「うん、ちゃんと帰れたよ、このように」
 元気に門の中へ踏み込むと、寛太郎は後についてきた敦盛を紹介した。
「友人の鈴鹿だ。 よろしく頼む」
「こんにちは」
 敦盛から先に挨拶されて、庄吉はあわてて、短く刈った頭をつるりと撫で、ぺこんとお辞儀した。
「ようこそお越しを。 庄吉です」
 にぎやかについてきた村の子たちは、遠慮して門の前で足を止め、学生たちが下げてきた柳行李〔やなぎごおり〕の鞄を庄吉がかいがいしく受け取って運ぶのを眺めていた。
 庄吉の声が大きいので、家の中にも寛太郎の帰宅は伝わったらしい。 女中の滝〔たき〕が台所口、といっても普通の家の正玄関より広いぐらいのところから顔を出し、手を振った。
「寛太郎坊ちゃん、おかえりなさい! こっちで汗を拭いて、足を洗って……おや、お客様ですか?」
「鈴鹿です。 お世話になります」
 そう先に挨拶して、敦盛がにっこり笑うと、滝はなぜかほんのり赤くなり、たすきを急いで外して前掛けで手を拭った。
「いらっしゃいませ」


 その頃、小川の岸辺でとんぼ採りを終えた志津は、ちびたちに一匹ずつ持たせてやった後、二人が走っていくのを見送った。
 なんだか珍しく、疲れた気分だった。 草の上に寝っころがって空を見上げると、大きな雲がゆっくり東へ流れていくのが見えた。 太陽のせいで、分厚いところは灰色にかげり、縁は銀の筋となって輝いている。 その形は、まるで婚礼のときに被る綿帽子のようだった。
 嫁入りか〜 ── 初めて志津は、その言葉を重く感じた。 まだ遥か先のことのように思っていたが、この近辺では十六、七で嫁ぐ娘たちが沢山いる。 中にはわずか十五で縁付く子もいた。
 あと四年、いやうっかりすると三年しかないじゃないか。
 その頃、カンタローは幾つだ? 今は十八(数え年)だから、三年経ったらもう二一になるんだ。
 大人だ!
 上級学校を出た後、カンタローはどうするつもりだろう。
 本人は、去年入学する前に言っていた。 卒業したらここに戻って、知識を生かして家を盛り立てたいと。
 だが、カンタローの母さんは違う考えだという。 立派な学士さまになって、登用試験を受けて役人になってほしいらしい。
 村にもときどき役人が来る。 いかにも東京府の代表みたいな顔をして、黒光りする馬車を乗りつけた奴もいた。
 きっちきちの窮屈袋(洋服のこと)を着て、へんな丸い帽子を頭にはめこんだあの連中の仲間に、カンタローもなってしまうのかと思うと、志津は笑いたいような、腹が立つような気持ちを持てあましていた。






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