表紙

お志津 4 握る手の熱


「あ……あいつは見た目は大したことないが、性格はいいんだ。 まっすぐで、人の面倒見がよくてだな」
「要するに、いい子なんだろう?」
「まあ、ぶっちゃけて言えば」
「へえ、私のこと、いい子だと思ってるんだね」
 不意に背後から大声で言われて、寛太郎は固まった。
「なに?…… 聞いてたのか?」
「聞こえたんだよ。 うれしいな。 手つないで帰ろう」
 ぎゅっと手を握られたとたん、寛太郎は必死になって振り放した。
「やめろ。 子供じゃないんだから」
 志津はぷっとふくれた。
「手つないで何が悪いのさ。 ここは山だよ。 旅の人たちは険しい道を助け合って登るじゃないか」
 学校友達の手前、寛太郎が体裁を気にして突っぱねたのは、志津にもわかっていた。 それでもしゃくにさわった。 去年までは堂々と手を握り合って腕を振り、大声で歌いながら帰ったのに。
 そういう素朴なところが好きだった寛太郎が、秋に上級学校へ入ったせいで急によそよそしくなったのが、志津には気にくわなかった。
 だから不意に思いついて、前の二人の反対側に回りこみ、背の高い鈴鹿敦盛の横に回った。 そして、つまずいたふりをしてよろめき、彼の手にしがみついた。
 寛太郎と同じように振り払われると予想していた。 初めて会った赤の他人なのだから。 それでも、別に寛太郎だから手をつないで帰りたかったんだと彼に思わせずにすむ。 そう思った。
 ところが、ことは計画通りにはいかなかった。
「おっと」
 そう呟くと、敦盛は腕をすばやく動かし、志津の膝が地面につく前に、ぐいっと引っ張り上げた。 まるで彼女が紙人形であるかのように、軽々と。


 またたく間に体勢が直り、ふわりと道に下ろされた。
 志津はキツネにつままれた思いで、敦盛を見上げた。 村は農業で成り立っていて、力の強い男衆が多い。 だが、こんなに腕力のある男性は、今まで見たことがなかった。 しかも彼は、まだ十七、八だというのに。
 敦盛も彼女を見返した。 黒々とした眼は大きく、少年とは思えない深さがあった。
 次の瞬間、志津は手の指に痛みを感じて、顔をしかめた。 寛太郎が二人の間に入って、握り合ったままの手を断ち切ったのだ。
「こいつは一人で歩ける。 早く行こう」
「ああ」
 敦盛は少しかがめた腰を伸ばすと、さっさと歩き出した寛太郎に追いついて、一緒に歩いていった。
 志津は後を追わなかった。 立ち止まったままで、少年二人の後姿を見送っていた。
 引っ張り上げられた手がわずかにしびれ、熱を持った。 無意識にその手を撫でながら、志津は首をかしげた。
 いったいあの大きな兄〔あん〕ちゃんは、どういう人なんだろう。






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