表紙

お志津 3 決まった事


 志津は小柄でも、足は飛ぶように早い。 後に従う形になった寛太郎〔ひろたろう〕は、こしゃくなので追いつこうと大股になった。
 友人の鈴鹿敦盛〔すずか あつもり〕のほうは、もともと脚が長いため、少し歩幅を広くするだけで足りた。
 せっせと歩きながら、寛太郎はこぼした。
「生意気だろう? 十三にもなって未だにお転婆で、始末が悪い」
「聞こえてるよ!」
 十五歩ほど前から、振り向きもせずに志津が叫び返した。
 寛太郎も、負けずに声を張り上げた。
「あんな高い木に上ったりして、落ちたらどうするんだ!」
 そこで志津は足を止め、くるりと二人のほうに向きを変えると、腰に両手を当てて足をふんばった。
「落ちたのはカンタローじゃないか!」


 不意を衝かれて、寛太郎の顔が真っ赤になった。
 一方、敦盛は歩速をゆるめながら、同時に表情もゆるめた。 すると左頬に小さな笑窪ができた。
「あれは……急に強い風が吹いたからだ。 それに、もう三年も前のことだ。 とっくに昔話だ」
「腕の骨が折れて、大変だったよ。 ちょうど町からお医者が来ててよかったって、おばさんが」
「だからおまえにも言うんだ。 むやみに木登りすると危険だと」
 立ち止まった志津に追いつくと、今度は早足になって置いてきぼりにしようとする寛太郎に、志津は口をとがらせた。
「そんなことしたって離れないよ」
 草履が地面を蹴立てる柔らかい音がついてくる。 敦盛はいったん振り返ってから、寛太郎に言った。
「せっかく迎えに来たんだ。 一緒に帰ってやれよ」
 寛太郎は首をすくめるようにして、せっせと狭い道筋を急いだ。
「いやだ。 女と並んで歩いていたなんぞと言われたくない」
「女? まだ子供だ」
「子供でも、あいつは特別だ」
 敦盛は、顔をしかめた。
「お転婆だからか?」
「それもあるが」
 寛太郎の声が少しずつ小さくなった。
「あいつ、俺の許婚〔いいなずけ〕なんだ」


 敦盛の顎が、落ちそうになった。
「えっ?」
「親同士で決めたんだ。 もうずいぶん前に」
「それでおまえ、逃げたいのか?」
「いや」
 反射的に答えてしまって、寛太郎の耳がみるみる赤くなった。
 






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