表紙

面影 71


 灯りが揺れていた。 赤い花のような灯り。 曼珠沙華〔まんじゅしゃげ〕のような……

 曼珠沙華? ふと記憶に浮かんだ花の姿を、女は残像のように振り払おうとしたが、散らばる火の粉に似たその花は、瞼からなかなか遠ざかってはくれなかった。

「あ、動いた」
 高い子供の声がして、バタハタ足音が遠ざかっていった。 そして間もなく、倍になって戻ってきた。
 粗い布のこすれる音が続き、誰かが傍に膝をついた。 女が薄目を開けると、小首をかしげた年寄り女の顔が映った。
「よかったな。 気分はどうじゃ?」
 女は口を動かした。 自分では、大丈夫です、と言っているつもりなのだが、声がまるで出なかった。
 手が薄っぺらな敷布団から落ちて、冷たい床に触れた。 板の間に寝かされているらしい。
――こうしてはいられないんだ。 急がなきゃ――
 頭の中で声がした。 女は慌てて上半身を起こそうとしたが、びくともしない自分にびっくりした。
 やさしく肩を押えて、年寄りは彼女をなだめた。
「そりゃあんた、無理だわい。 四日も寝たきりで、不意に起きようなんて。 体の筋がいうこと聞かんわい」
「な……なぜ、寝たきりに……?」
 ようやく息が音に変わった。 年寄りは、ゆっくり腕をさすってくれていた。
「撃たれたんだよ。 鉄砲にドカーンと撃たれたのさ。 幸い、こめかみをかすめただけで大事はなかったんだが、いくら揺すっても、あんた起きなかったでね」
 その後、声が低く、苦くなった。
「われの国で、われの家族を探して、何で罪かいねえ」
 女は目をつぶった。 ふたたび目前に真っ赤な残像が現れた。
「私は、探していた……」
「そうらしいな」
 年寄りは慎重に言葉を選んだ。
「きっと旦那さんか兄弟だね。 して、どっちだい?」
 目を閉じたまま、女は考えた。
 そして、答えがまるで浮かんでこないことに気付いて、愕然とした。



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