表紙

面影 47


 廊下を歩いていくと、不意に障子を開けて出てきた史絵と衝突しそうになった。
 姑は、手に大きな籠を下げていた。 中にはせわしなく飛び回る小鳥が二羽入っていた。
「四十雀〔しじゅうから〕ですよ。 こちらが鈴で、こっちが寧々〔ねね〕」
 生き物が好きなお幸は、顔をほころばせて籠を覗いた。
「よく動きますねえ。 目がまん丸で利発そうな鳥」
「でしょう? この子らは賢い、私が餌をやるのをちゃんと知っている、と誠吾にいつも言うのだけれど、鼻であしらわれてしまうの」
 相変わらず上機嫌でしゃべりながら、史絵は縁側の鈎に鳥篭を吊るした。
 お幸は居住まいを正して頭を下げた。
「ご挨拶が遅れました。 おはようございます」
「はい、おはよう」
 史絵はまだ鳥に気を取られていた。
「そんなにかしこまらなくてよいのですよ。 家の中のことは女中頭の染〔そめ〕が仕切っていてね、私も口を出せないんです。 今は父親の具合が悪くて里帰りしているけれど、戻ってきたら染の言うとおり、はいはいと聞いていれば安泰」
 お染さんか…… また新しい名前が出てきた。 お幸が胸の中で順繰りに数えていると、廊下の向こうで障子戸が開いて、伊織が上半身を覗かせた。
「幸、そこにいたのか」
「あ、お着替えですね」
 声が手まりのように弾んだ。 会釈して嬉しそうに戻っていく嫁を、史絵はのどかな表情で見送った。

 若夫婦がもつれるようにして部屋に入った後、史絵はいつの間にか横にぬっと三男坊が立っていたのでびっくりした。
「ああ驚いた。 いつからそこに?」
「いま来たばかりですよ」
 誠吾はぐんと伸びをして、次第に朝の光に覆われていく庭を見やった。
「これでこの家も賑やかになりますね。 姉上は明るいし品がいい」
「苦労をこやしにして大きくなってきたようね。 あの人なら安心して伊織を任せられるでしょう」
「ということは、会ってみるまでは少し心配だったわけですね?」
 史絵はふっと笑った。
「どこの姑でもそうですよ。 夫が大黒柱なら妻は家の要〔かなめ〕。 家の中がまとまるのは妻の力量あってこそですからね」
「わたしにもあんな相手が見つかるでしょうか」
 いくらか自信なげに、誠吾は呟いた。




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