表紙

面影 34


「お侍の家へ入るのがどんなに大変か、おまえ本当にわかっているのかい?」
 そう切り出されて、お幸は逆に驚いた。 伯父さんはもう半分決まったことのように話している。 身のほど知らずと叱られるだろうと思い込んでいたのに。
 義三は難しい顔になって腕組みした。
「確かにおまえは、元を正せば庄屋の娘だ。 お父っつぁんは苗字帯刀を許される家柄だった。 それでもな、武家には面倒なしきたりやら家風やらがあってな、その上やりくりが」
 そこで言葉を切ると、義三は苦笑に近い表情になった。
「まあ、月々のかかりは大丈夫だろう。 おまえの実家は焼けてしまったが、田畑まで失ったわけじゃない。 ただ一人生き残ったおまえは、相当な財産を継いだことになるんだよ。
 用心して清次郎にもお栄さんにも内緒にしていたが、芦ノ牧からわたしが預かって貯めている田畑の賃料は、矢柄屋が二軒そっくり買えるほどのものになってるんだ」
 お幸は一瞬たじろいだ。 故郷を離れたときはあまりにも幼くて、相続のことなどまるで知らなかった。 だが、さすが尊敬を集める大店の桔梗屋は、家族を失った姪の無知につけこむようなことはなく、ちゃんと土地の管理までしてくれていたのだ。
「伯父さん……」
 感激で、お幸の喉が詰まった。 義三は二つうなずいて、苦笑を微笑に替えた。
「ここで話したのは、おまえを見込んでのことだ。 年若でも、おまえはしっかりと店の者の心を掴んでいる。 お栄よりよっぽど頼りにされているんだ。
 それだけに、みんな引きとめようとするだろう。 だが、おせきの話を聞くと、お相手の若いお侍は、林田と名乗ったそうじゃないか。 それは、あの林田主膳〔しゅぜん〕様のご一族か?」
 不意に知らない名前を持ち出されて、お幸は困った。
「主膳さま?」
「そうだ。 お殿様が城門から出られるとき不意に馬が暴れ、振り落とされかけたことがあってな。 そこへ飛び込んで命がけで馬をなだめ、お殿様の命を救ったのが、林田主膳様だ。 だが、そのとき蹴られた傷が元で亡くなられた」
 会津に来たばかりのお幸には、まったく初耳の話だった。



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