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面影 33
手を取り合っただけ。 指先をからめあっただけなのに、胸の芯までしびれが走った。 夢ならせめて明日まで覚めないでほしい。 おぼつかない足取りで家に戻り、やがて暗闇に包まれ、そろそろ鳴き出した秋虫たちの声に取り囲まれて眠りにつくとき、お幸が思ったのは、そんなささやかな願いだった。
だが、夢は翌朝にもしっかりと現〔うつつ〕のままだった。 叶えるのがどんなに難しくても、まったく無理なわけではない。 伊織があれほど熱をこめて説き、困難を乗り越えようと努力しているのに、こちらが手をこまねいていてはあまりにも申し訳ない。
お幸は頭痛がするほどあれこれ考えたあげく、筆をとって短い手紙をしたためた。
「おせき、これを桔梗屋の伯父さんに届けておくれ」
受け取ったものの、まだ迷っているふうにおせきがぐずぐずしていると、縁先で庭の掃き掃除をしていた庄作が、縁先まで来て言った。
「わっしがお供しますよ。 な、おせきさん?」
この言葉で、おせきは吹っ切れた。 弱い笑顔を浮かべてお幸を見て、おせきはようやく口を開いた。
「心配なんですけどねえ。 ただね、お嬢さんはしっかりしていなさるから。 それに、人を見る目もあると、私は思うんですよ」
そして、小声で付け加えた。
「あの林田様は、なかなかのお方だと、せきも思いますよ」
おせき達が出かけて一刻もたたない内に、せわしない足音が家の前で止まって、桔梗屋の主その人がおせきと庄作を従えて入ってきた。
おせきの帰りを今か今かと待っていたお幸は、驚いて玄関に走り出た。
「これは桔梗屋の伯父さん! まさかわざわざ来てくださるなんて」
「こんな大事を、手紙のやりとりだけで済ませられるわけがないじゃないか」
手ぬぐいで額の汗を拭くと、義三は部屋に上がりこんで腰を下ろした。
「おまえも座りなさい」
「はい」
緊張し切った表情で、お幸は座布団を外し、きちっと畳に正座した。 おせきは慌しく台所へ行き、客に出す茶の支度にかかった。
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