表紙

面影 22


 そうこうしているうち、本当に夏になった。
 ある朝、道を笛の音が動いていくのを聞きつけて、お幸は付き添いのおせきに声をかけた。
「表が騒がしいねえ」
「なんでも観世音菩薩〔かんぜおんぼさつ〕さんのお日祭りのようですよ」
 祭り…… お幸の目が、灯りをともしたように輝いた。
「行ってみたいなあ」
「そんな。 だめですよ」
 たしなめるおせきを尻目に、お幸はもう立ち上がりかけていた。
「平気だよ。 お祭りには大勢の人が来る。 かえって目立たないよ」
「でも……」
「大丈夫だって」
 じりじりとためらった後、おせきは口ごもった。
「それでは私もお供を」
 本心は、おせきも賑やかな外に行ってみたかったらしい。 もう反対はせず、いそいそと下駄をそろえはじめた。


 路地にはずらりと露天商が出店を並べ、焼きいかや精進揚げの匂いがたちこめていた。 狐やおかめひょっとこの面が並ぶ横を通り過ぎたお幸は、飴細工の前で足を止めた。
 中年の細工師が口上を述べながら鋏で飴を引き伸ばし、切れ目を入れては形を整える。 子供たちが口をあけて見とれるうちに、みるみる馬や獅子、白兎ができあがり、箸の先について並んだ。
 あまりの手際のよさに、お幸も一つ買いたくなった。
「おじさん、雀を作っておくれ」
「お嬢さん雀ですか。 がってんだ。 ちょいと待っておくんなさいよ」
 男が茶色と白の飴を出してあたためているわずかな間、お幸は所在なげに左右の店を見るともなく眺めていた。
 隣りの屋台では、派手に色をつけた団扇を並べていた。 風が通らなくて暑かったので、これも一枚、と注文しようと横に動いたとき、声が聞こえた。
「あっ」
 小さなあえぎに似た、男の声だった。



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