表紙

面影 21


 川岸にたむろしていたのは、二本差しの若侍たち四人ほどだった。 ひとりが長い竿を使って、川べりに引っかかった風呂敷包みをたぐり寄せ、別のひとりが袴をたくしあげて受け取ろうと身構えていた。
 後の二人は野次将軍だった。
「伊織〔いおり〕、そこそこ! ああ、もうちょっと右!」
「結び目を引っ掛けろ! そうだそうだ」
 まだ甲高い声がこだまする。 楽しそうだなあとうらやましく思いながら、お幸は頭を低くして覗いていた。
 やがて茶色の風呂敷包みは無事に拾われた。
「やれやれ、すっかり濡れてしまったな」
 風呂敷の中身は遠くてよくわからなかったが、刺し子の襟が見えたから多分柔道着かなにからしかった。 うまく拾えたのでほっとして、お幸は頭を引っ込め、また本を読みはじめた。
 表では、家並みに背を向けて竿を操っていた若者が、曲げていた腰を伸ばして仲間を振り向いた。 きりりとした顔立ちで、眉は浅い弓形、目元は一重だが光が強く、凛としていた。
「干せばすぐ乾く。 さあ、急がないと甲陽先生の講義に遅れるぞ」
「走るか!」
 四人はいっせいに、子馬のように駆け出した。


 店からは週に一度、きちんきちんと付け届けがあり、康助が様子を知らせてくれた。
「もう乗っ取りの見込みはないのに、朝三郎さんがいつまでもぐずぐず言うものだから、惣兵衛どんの方がじれて、仲間割れを起こしそうになってますよ。 惣兵衛は一刻も早く金が欲しいんでしょう」
 しまいには呼び捨てになって、康助は顔をしかめた。 同い年の甘えもあって、お幸はちょっと駄々をこねてみた。
「お店が恋しいよ。 しょうがないから頭巾をかぶって川っぷちを歩いたりしているけれど、お稽古も店番もできないと本当に退屈で」
「もう少しの辛抱ですよ。 夏祭りの頃にはきっと戻れますって」
 康助は真剣な顔でお幸を励ました。



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