表紙

面影 18


 治助は、膝を進めて声を落とした。
「労咳〔ろうがい〕になったことにするんです。 ここ何日かお嬢さんは鼻風邪で咳をしていなさった。 それで思いついたんです」
「でも調べればすぐにわかってしまうよ」
 不安げなお栄に、治助はきっぱりと言った。
「調べさせなければいいんです。 桔梗屋さんには家作が何軒かあると聞きました。 その一つに行かせてもらいましょう。 表向き、病気療養ということで」
「ああ、よそへ隠すの」
 ようやくお栄の愁眉が開いた。

 義三に手紙を出すと、折り返し、承知したという返事を手代の一人が持って、道案内を兼ねてやってきた。 自分たちが清次郎を推薦した手前、義三たちも気が咎めていて、お幸と矢柄屋を守りぬこうと相談をまとめたようだ。
 善は急げと、お幸は荷造りもそこそこに、翌日の早朝、駕篭で出立した。 お供には、年配で信用のおける女中のおせきがついていくことになった。


 昼前に、駕篭は川に沿った二階建ての家に着いた。 そこは桔梗屋が夏の寮として使っている建物で、今は留守居役の庄作〔しょうさく〕・お澄夫婦が一階の端の部屋を使っているだけだった。
 案内役の留次〔とめじ〕が客人を紹介した。
「いいか、お嬢様は胸が悪いということになっているんだから、人が尋ねたら必ずそう言っておくれ。
 あ、もちろん本当はぴんぴんしていなさるから、心配はいらない。 普通にお世話してあげてください」
「承知しやした」
 夫婦は神妙な顔で手代に頭を下げ、それからお幸とおせきに笑顔を向けた。
「何でも言いつけてくださいや。 年は取ってるがまだ力はあるから」
「お世話になります」
 お幸ははきはきと言って微笑んだ。 



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