表紙

面影 17


 言葉どおり、朝三郎は翌々日に惣兵衛と連れ立って店に現れた。
 待っていた治助は、挨拶もそこそこに、すぐ二人を料理屋へと導いていった。 服装は旦那風でもどこか着くずした印象のある朝三郎の後姿を、お幸は二階の窓越しにこっそり観察した。
 そして呟いた。
「遊び人だ。 きちっと歩かずに、肩で風切って体を横に揺すっている。 丁か半かの賭け事で身代をつぶしてしまいそうだ」
 あんな男が婿だなんて、まっぴら御免だった。


 暗くなってから戻ってきた治助も、まったくお幸と同じ意見だった。
「ありゃあ駄目です。 まじめに商売する気なんかハナからない。 だがネチネチとしつこい性質のようで、何度もお嬢さんのことを口に出すんです。 しまいに殴ってやりたくなりましたよ」
「それで、株を買い戻す件は?」
 お栄がおずおずと尋ねた。 治助は腕を組み、暗い表情になった。
「四百両よこせと言うんです」
 お栄は腰が抜けそうになって、後ろに手をついた。
「四……四百両……!」
「うちは地道に商いをしている旗さしもの屋です。 陰で金貸しでもしていれば別だが、こんな大枚、おいそれと出せる額じゃありません」
「でも相場は……」
「ええ、高く見て二百両。 買えない金額を吹っかけてるんですよ。 おびえさせてお嬢さんを手に入れようと」
「どうするの!」
 お栄があたふたし出したので、治助は素早く、思いがけない考えを口にした。
「万が一そうなったら、このお店に先はありません。 ですから乏しい知恵をしぼってみました。 それでひとつ思いついたんですが、どうでしょう? この際、お嬢さんには病に倒れていただくというのは」
 部屋にいた残りの三人は、狐につままれたようになった。



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