表紙

面影 19


 翌日にはさっそく桔梗屋の義三が尋ねてきた。
「手紙によると、相手は無理難題をふっかけてきているようだね」
「はい」
「治助さんはしっかりしているから、ずいぶん値切って何とか株の買い戻しができる値段に下げたようだ。 だがな」
 義三は、顔を夕立雲のように曇らせた。
「若狭屋のせがれがなかなか折れてこない。 どこで見かけたのか、おまえさんにえらくご執心のようだ。 色と欲の二筋道だな」
「あの人たちに、うちの店を買い取る力はあるんですか?」
 お幸はいっそう不安になって、小声で尋ねた。 すると、義三は首を振った。
「いや。 そんな金があったら、強引なやり方はしないはずだ。 あの株だって、清次郎の足元を見てわずか五十両で巻き上げたって噂だからな」
 それでも二十両盗めば打ち首だ。 好きな女を救うために、清次郎は命を賭けたことになる。 いいなずけとしての清次郎をあまり好きではなかったが、お幸は店の者たちのように彼を憎む気持ちにはなれなかった。
「清次郎さんは、あの子を見捨てて婿におさまり切れなかったんでしょうね」
 淡々と言うお幸に、義三はちらっと不思議そうな視線を投げた。


 七日がじりじりと過ぎた。 周りは口が固く、お幸がどこへ行ったかは朝三郎たちに知られていない様子だが、それでも用心して、お幸とおせきはできるだけ寮から出ない生活を続けていた。
 更に十日が経って、吉報がもたらされた。 お上の裁定が出て、株は盗難されたと認められ、示談の形で半額の百両を払って買い戻すことができることになったというのだ。
 知らせを持って飛んできた康助と、お幸は手を取り合って喜んだ。
「よかったねえ。 百両ならうちだけで工面できる。 桔梗屋のおじさんや親戚の人たちにお金を借りなくてすむ」
「ほんとですねえ、お嬢さん! ただ、相手方が根に持って、まだ店の周りをうろうろしているんですよ。 ですから大番頭さんが、もう一月ほどこちらでお世話になったほうがいいと」
 お幸の肩が落ちた。
「まだ寮にすっこんでいろと? 退屈で死にそうだよ」
「本を借りたらどうですか? 南総里見八犬伝なんか、伝奇物で面白そうですよ。 長いからたっぷり読めるし」
「そうだねえ」
 活発なお幸は、切なげに溜め息をついた。



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