表紙

面影 14


「昔なじみですか」
 お幸の話を聞いて、由吉の額の皺が深くなった。
「それは思ったより厄介だ。 帳尻をいつもきちんと合わせて置かないと」
 そそくさと、由吉は店へ出ていった。
 
 廊下をゆっくり歩きながら、お幸は大晦日に来た娘の姿を思い浮かべていた。 あかぎれのできた足、痩せた襟元……
――お女郎に売られるから助けを求めに来たんだ。 でも清次郎さんだって住み込みの身。 どうしてやることもできない――
 子供のころから好き合っていたんだろうか、と思うと、胸が痛んだ。

 その晩、清次郎はお栄の部屋に呼ばれ、こんこんと説教された。 主に話したのは大番頭の治助で、入り婿としての心得を諭し、岡場所などに出入りしないようにきつく戒めた。
 清次郎は首を垂れて聞いていた。 覚悟を決めたように見えた。 だが、翌日の昼下がり、旗をお得意様に届けに行ったきり、夜中になっても戻ってこなかった。

 番頭たちは真っ先に金箱を調べた。 一銭もなくなってはいない。 倉の鍵は持たせていないから、物を盗み出すことはできないはずだ。 身一つで出ていったのだろうか。 不安になった治助は、由吉と康助に命じて、お幸が二人を見かけたあたりの女郎宿を探させた。
 やがて、とんでもないことがわかった。 清次郎と思われる若い手代風の男が、小判十二枚をポンと払ってお美津という白首を請け出し、手に手を取って立ち去ったというのだ。
 十二両! そんな大金を、清次郎が持っているはずはない。 いったいどうやって工面したのか、初めは誰もわからなかった。

 五日して、妙な一行が店を訪れた。 先頭に立っているのは縞の羽織を着た目つきの悪い男。 次にきちっと着付けをした若旦那風の男が入ってきて、最後に見るからに用心棒という風体の浪人。
 由吉が応対に出ると、縞羽織が愛想笑いをしながら、どすの効いた声で切り出した。
「お初にお目にかかります。 なかなか立派なお店ですねえ。 これなら商売のしがいがあるってもんです。
 それで、いつ空け渡してもらえるか、ご相談に伺ったんですが」



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