表紙

面影 7


 その日から、お幸の道はぴたりと定まった。 稽古に行くときも帰るときも、必ず二ノ町通りを抜けていくようになった。
 いつも少年たちに行き会うとは限らない。 むしろ会えないことのほうが多かったが、それでもお幸は眼を輝かせ、胸をまっすぐに張って歩いた。
 季節は夏へなだれこんでいた。 町外れでは郭公〔かっこう〕の声が響き、金魚売りがてんびんに桶を下げ、風鈴を涼しげに揺らしながら売り歩いていた。
 町を行く人々も夏着になった。 眠気をさそう昼下がりの道を、声変わりが済んで間もない少年たちのさんざめきが進んでくる。 彼らが横の刀砥ぎの店に気を取られている間、お幸はそっと視線を送って、あの少年を探した。
 彼は、かたまりの左端にいた。 初めて見たときより確実に背が伸びて、もう大人に近い体型になっていた。
 横顔はきりっとして、眼が鋭そうだった。 美男だろうか。 お幸にはわからなかった。 美醜などどうでもいい。 ただそこにいるだけで、彼は光に覆われているように見えた。
 すっと彼の顔が動いて、こちらを向いた。 お幸は急いで眼をそらし、そ知らぬ顔で歩き過ぎた。 危ういところで視線を合わせない、その緊張感がまた楽しいのだった。

 家に帰り着いても、しばらく心臓が激しく動悸を打っていた。 白い絣〔かすり〕の着物から出た襟足の、まだ頼りない細さ、柔らかさが、お幸に眩暈〔めまい〕を覚えさせた。
――あんなにきゃしゃなのに、あの人は強かった。 ほんとに、ほんとに強かった!――
 胸の中で繰り返すたびに、空が揺れた。


 その年、そして翌年、お幸は祭りで彼を見た。 常に友人に取り囲まれ、神輿の上でも、出店を冷やかして歩いているときでも、頭ひとつ抜き出た背の高さで、落ち着いた雰囲気をかもしだしていた。
 お稽古の友達、義母のお栄、手代の由吉や丁稚の康助など、共に行く相手はそれぞれ違っても、お幸の眼はいつもひとつのものだけを探していた。 精悍な表情をした、伸びやかに丈高い少年ただ一人だけを。

 しかし、初めて彼を見てから四年目の祭りの日、少年は姿を見せなかった。 友人たちはいつものように集い、剃りたての月代〔さかやき〕も初々しく歩き回っているのに、その中に彼の姿は消えていた。



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