表紙

面影 8


 お幸はとまどった。 初めて大っぴらにぐるりを見回し、わざわざ飴売りやからくり人形台の人だかりに混じって、少年の気配を感じ取ろうとした。
 だが、どの努力も無駄に終わった。 境内の賑わいの中に、彼に似た影さえ見つけることはできなかった。

 それでも初めは望みを持っていた。 またニノ町通りを行けば、いつかは会えると。
 しかし、祭りの五日前に垣間見たのを最後に、少年はぷつりと姿を消してしまった。


 若者たちは、未だに道場通いをしていて、よくすれ違うお幸にちらちらと目をくれていた。 やがてそのうちの一人が、思いがけず大胆な振る舞いに出た。 そばを通った荷馬車から行李〔こうり〕が落ちて、散らばったその中身に康助が気を取られている間に、お幸に近づくと同時に手の中に何か押し込んで、急ぎ足で離れていった。
 お幸はすぐ左手を開き、細く折りたたんだ文を眺めた。 大っぴらにしげしげと見ているため、康助がすぐに気付き、急いで取り上げた。
「いけません! こんなもの読んじゃ」
 兄貴風を拭かせた言い方だったが、お幸は腹が立たなかった。 むしろほっとして、袖の中に手を引っ込め、目立たないように裏で拭った。
 初めてもらった付け文は、こうしてお幸が目を通すことなく終わった。 好奇心より、むしろぎくしゃくした気持ちになったお幸は、今度からこの道を使わないことにしようと決めた。


 とたんに毎日が色を失った。 もうあの男の子は道場を辞めたらしいと頭ではわかっていても、あそこを通っていればいつか仲間に会いに来るかもしれないという望みを捨てきれなかったのだ。
 他の道を通るのは、退屈だった。 今日は昨日の繰り返しにすぎず、三味線が妙に重く感じられて、稽古に行く足が進まなくなった。
 そんなある日、前触れなく桔梗屋の大旦那、義三がやってきて、話を切り出した。
「お幸はたしか、来年で十五だね。 そろそろ婿を取る準備をしなくちゃいかんな。 候補が三人ほどいるんだが、お栄さん、あんたちょっと来て、どの子がこのお店とお幸にふさわしいか、選んでみちゃくれないかね」 



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