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丘の家 91
史麻は、棒立ちになった。
あまり長く待たされたので、文面を見ても実感が湧かない。 どうしても夢のように思えて、『早智』という字を見つめ続けたせいで、終いに目が疲れて読めなくなった。
十五日は、たまたま日曜日だった。 史麻は煉瓦色のパンツスーツを着て、緊張ぎみに市郎の車を待った。
マンションのエントランス前にある段差に立っていると、通りに見覚えのある車がスッと来て停まった。 史麻はすぐ、バッグを肩にかけ直して小走りに近寄った。
「久しぶり」
市郎が目じりに皺を寄せて微笑みかけた。 それまでは姉を思って気もそぞろだったが、その笑顔を見たとたん、史麻は心臓がキュッと柔らかい手で掴まれたようになった。
「うん」
そして、小声で付け加えた。
「会えなくて、つまんなかった」
市郎は、笑顔を一段と広げてうなずき、横に乗り込んだ史麻の肩を抱き寄せた。
しばらくキスやハグを繰り返して気持ちを確かめあった後、ようやく市郎は腕を解いて車を出した。
「門の前であんなにイチャコラしたら、君の評判悪くなるかな」
「誰か覗いてた?」
「いや。 でも通行人からは見えただろう」
「構わない。 隠す必要ないもの」
史麻はむしろ、嬉しかった。 本気の恋なのだ。 堂々と付き合って何が悪い、と思った。
休日で、道はそれほど混んでいなかった。 市郎の車は一旦北へ上がって新青梅街道に入り、そこからまた左に折れて、富士見台方面へ進んでいった。
その後二度曲がって、閑静な住宅街に入り込んだ。 築十年ぐらいの落ち着いた二階家が並んでいる。 中流家庭が軒を連ねているらしいその区域の西側、淡いブルーの壁が清々しいコの字型の家の斜め前に、市郎はそっと車を止めた。
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