表紙

丘の家 90


 秋はゆっくりと深まっていった。
 史麻は毎日のように、市郎とメールのやり取りをしていた。 早くも来年夏のファッションショーが予定に割り込んできたりして、思ったより遥かに忙しく、なかなか会えない。 市郎のほうも、新興商社のリサーチを頼まれたそうで、睡眠時間さえろくに取れないとぼやいていた。


 母とも、電話で話すのがやっとだった。 仕事の移動時間に実家へかけてみると、賭博事件の取調べは終わって、菊乃はどうにか家に帰してもらったらしかった。
「外出したらいけないと言われてるみたいで、買い物は全部家政婦さんがやってるって話よ」
「遊びに行けないんじゃ、つまらないだろうなー」
「代わりに家へ不良仲間呼んで、夜まで大きく音楽かけて騒いでるようよ。 両隣の人たちがカンカンだって」
「あの広い家で、外に響くほど大きな音って……ボリューム一杯ってこと?」
「そうなんじゃない?」
 あきれた。 お嬢様扱いされなくなって、開き直ったとしか思えない。 どこまで自分勝手なんだろう、と史麻は暗然とした。
 母は面白くなさそうだった。
「鈴木さんがね、お宅の史麻さん大丈夫? たしかあの晩着飾って出かけたわよね〜なんて嫌味言うのよ。 史麻、あんたホントに大丈夫なんでしょうね」
「私は関係ないから」
 言い切った後、史麻は鈴木家の婦人警官、福実の顔を思い浮かべて、ヒヤリとした。 福実は、史麻があのパーティーに行ったのを知っている。 母親にそのことを話したかもしれない。 仲のいい親子だから。
 でも、鈴木親子がいくら言いふらしても、現に捕まっていないのだから、知らないと言い返せばどうってことない。 史麻はそう思い直して、明るくなった。 妙な事件に巻き込まれたせいで、前より度胸がよくなっていた。


*〜*〜*〜*


 月半ばの十五日になって、ようやくスケジュールが一日空いた。 史麻は大喜びで、前の晩に市郎へメールを打った。
 寝る前に、返事が入った。
『了解! 明日の午後の予定をキャンセルしてもらった。 一時に車でマンションへ迎えに行く。 早智さんのところへ行こう』









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