表紙

丘の家 89


「嘘じゃない」
 反射的に、史麻は言葉通り受け取って答えてしまった。
 だが、香月のいいたいのは、そんなことではなかった。
「君が嘘ついてるなんて言ってないよ。 葉山の奴、汚ねえ!」
 汚い? 史麻はあっけに取られた。
 香月はしかめっ面になって、一人で怒っていた。
「前に君の話が出たことがあるんだ。 一度だけだけど、 そのとき、感じのいい人だって僕が言ったら、あいつ何て答えたと思う?」
 想像はついた。 史麻は思わず伏し目になってしまった。
「本当はずるい女だとか言ったんでしょう?」
「そうだよ。 見かけにごまかされちゃいけないなんて、まるで僕が人を見る目がないように。 あいつの方が千倍ずるい! 君に近寄らせないようにバリヤ張ったんだ!」
「それは……たぶん違う」
「どう違う?」
 むきになって訊かれて、史麻は返事に困った。
「菊乃ちゃんが、私の悪口言ってたの。 市郎さんは、それをまともに信じてたんだって」


 少し間を置いて、香月は唸った。
「なんだ。 人を見る目がないのは、自分の方じゃないか」




 それから十分ほど話して、二人は一応なごやかに別れた。
 駅の方角へ向かう香月の肩が、心なしか落ちているのを、史麻は見ないようにした。 彼にはよくしてもらった。 魅力のある人だと思う。 でも……
――私は市郎さんがいい。 香月さんより年くってるし、たまにじれじれなときや、憎たらしいときがあるけど、でも、誰より一緒にいたい――

 難しい対面を終えて、史麻の心はだいぶ軽くなった。 スマートな香月なら、また新しい出会いがあり、素敵な恋人ができるだろう。 そう割り切って、史麻はデパートのほうへ引き返した。 晩秋用のジャケットでも買おうと思った。






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