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丘の家 85
目覚めたとき、森の記憶が残った。 夢の中で、木漏れ日の中をさまよっていたらしい。
目をこすりながら頭をもたげると、ふわっと横に柔らかい布地が降ってきた。
「おはよう」
同時に、髪を優しく撫でられた。
とたんに意識がはっきりしてきて、史麻は慌てて腕で顔を隠した。
――うわっ、素顔のままだ。 夜ならまだしも、朝に見られたくないな……うわーっ――
「かわいいなあ」
低い声が降りてきた。
「俺あっちへ行ってたほうがいい?」
「え? あ……うん、ちょっと……」
ベッドがきしんで、市郎が立ち上がる気配がした。
「そこにガウン置いといたから。 オープンサンド食べる?」
「あ、はい」
「コーヒーも入れとくね」
楽しそうな声が遠ざかり、ドアが閉まった。
史麻はピョンと飛び起きて、ベッドから降りた。 壁に鏡がかかっている。 急いで飛んでいって、顔を確かめた。
よかった! 目の下に隈はないし、頬はピンク色でつやつやしている。 ボーッとした間抜け顔だけど、これならまあまあだ。
横のドアは洗面所に通じていた。 そこからバスルームに入ってシャワーを使った後、史麻は大きなグレイのガウンにくるまって、ひっそりとリビングに入った。
市郎は黒のガウン姿で、ラジオのニュースを聞きながらコーヒーをついでいた。 そして、史麻と目が合うと、にこっと笑った。
彼のこんなに素直な笑顔を見るのは初めてだった。 史麻の胸がきゅっと疼いた。
「素顔のほうがきれいなぐらいだね」
「えー」
照れて、史麻は下を向いた。
「こっち坐って。 ええと、チーズと生ハムとレタスにジャム。 どれ好き?」
それから半時間ほど、二人はゆっくり食べながら他愛ない話をした。 後で考えても何を語っていたのか思い出せなかったが、無性に楽しかった。
気持ちが通じるってこういうことなんだ、と、史麻は悟った。 両思いって素晴らしい。 十時半から仕事が待っているなんて、考えたくなかった。
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