表紙

丘の家 84


 それからまた何度かキスした。 体が熱くなるほどキスしあった後、ようやく史麻は気付いた。
「麓郎さんがバーから電話してくれたの?」
「ああ」
 髪を唇でたどりながら、市郎が答えた。
 史麻はちょっぴり心配になって、体をもぞもぞ動かした。
「私のこと、なんて言ってた?」
「ストレートだって」
 思わぬ返事が戻ってきた。
「だから兄貴も正直にしないとゲームオーバーになるよ、だと」
 ケームオーバーか…… 史麻は目をつぶった。 胸の中で、麓郎に深く感謝した。
「そっけないように見えて、麓郎さんって親切」
 今度は市郎が落ち着きなく坐り直した。
「惚れるなよ」
 史麻は思い切り頭を振り、両腕を相手の首にからませた。
「私は一筋ですからー」




 こんな大事な夜に飲酒運転するわけにはいかない。 市郎は電話で知り合いに代行運転を頼み、車を駐車場に入れてから、史麻と改めて地下鉄に乗った。


 その夜、史麻は初めて、市郎のマンションに招かれた。
 淡いグレイで統一されたリビングは品がよかった。 間接光に照らされた壁には、鋭い線の際立つリトグラフが数点飾られていて、さっぱりしすぎた部屋にアクセントをつけていた。
 ワイングラスを二つ持ってきた市郎は、史麻がその版画を興味深げに眺めているのを見て、嬉しそうに説明した。
「気に入った? ビュッフェのポスターなんだ。 もう二つ欲しいのがあるんだけど、高くてね」


 気を遣ったのか、麓郎は一晩中帰ってこなかった。 ゆったりした寝室の静まりかえった空間で、ふたりはお互いを確かめ合い、次第に高まる情熱に我を忘れた。



 夜中に目覚めた時、史麻はかすかに頭痛を感じた。 そこまで恋に酔ったと知って、胸がゆるやかに広がった。 誇らしい気持ちにさえなった。
――本物の相手にめぐり合えた。 これで本当に、私は大人になったんだ……!――






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