表紙

丘の家 83


 さらっとした史麻の髪に指を入れて、市郎は柔らかく撫でた。
「なあ」
「うん?」
「麓郎に興味あるんじゃなかったのか? 気が合ってるように見えたけどな」
 じれったくなって、史麻は顔をあげて市郎を睨んだ。
「勝手に決めないの。 かっこいいなと思って見とれるのと、好きになるのは違うんだから」
「まあ、そうかもしらんけど」
 完全には納得いかない様子で、市郎は首を振った。
「やたらもてるからな、あいつ。 傍にいると俺、引き立て役みたいで」
「やだ、もう」
 史麻は笑いそうになった。 日頃自信たっぷりに見えるのに、意外とナイーブなこと言っちゃって。
「最初に意地悪したの、そっちでしょう?」
「ああ、あれ……」
 苦いものを飲み込んだような顔で、市郎は視線を外した。
「あの子の作戦に引っかかった。 あの、片瀬菊乃の」


 その名前を聞いて、ずっともやもやしていた心の痛みが、少し静まった。
 それでも用心しつつ、史麻は小声で尋ねた。
「菊乃が私の悪口言った?」
 無念そうに、市郎はうなずいた。
「早智さんを探してくれって、写真を何枚か持ってきたんだ。 その一枚に、君が写ってた。 なんとなしにじっと見ていたら、この人の正体教えてあげるって言われて」
 正体だと! いったいどんなモンスターだと告げ口したんだ! 自分こそ嘘つきの犯罪者だったくせに!!――表も裏もない史麻は、菊乃が今目の前に現れたら、一発蹴りを入れたいほど腹が立った。
 史麻の体がギュッと強ばったのを感じて、市郎はますます申し訳なさそうになった。
「ごめん。 あの女の本性わかってたのに、つい引っかかった俺もバカだった」
 それから、ぽつんと付け加えた。
「君を意識しちゃってたのかもな、初めから」






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