表紙

丘の家 78


 二人が早智をいじめたのだろうということは、史麻にもうすうすわかっていた。 だが、母思いだった冶臣が、そこまで敢然と妻の味方についたというのは、驚きだった。
 理由を尋ねようとして口をあけた史麻に、市郎の話がすぐ覆い被さった。
「マジで家出されて、菊乃さん達も焦ったんだろうな。 必死になって君の姉さんを探した。 探偵まで雇った。
 それで冶臣さん側が俺に頼んできたわけだ。 見つからないように、早智さんを守ってくれってな」


 史麻は、グラスを取ろうとした手を途中で止めた。
 その手を口に当てて、目を閉じた。 固くつぶった瞼の間から、涙がにじみ出てカウンターにポツッと落ちた。
 酒を飲み干すと、市郎が困ったように言った。
「泣くなよ。 俺が泣かしたと思われる」
「ほんとにそうじゃない」
 鼻に詰まった声で、史麻は言い返した。
「もっと早く言ってよ。 初めから教えてくれれば、こんな……」
 嗚咽がこみあげてきたため、史麻はあわてて言葉を切った。
 市郎にはずいぶんそっけない態度を取った。 睨みつけたり、買収しようとしたり、喧嘩したこともある。 最初は敵側だとさえ思っていた。
 なのに、本当は早智ちゃんをガードしてくれてたなんて……わかっていたら、あんな失礼なことは絶対にしなかった。
 たとえ、彼の第一印象が最悪だったとしても。


 市郎は空のグラスを上げてバーテンダーに頼んだ。
「マティーニ下さい」
「かしこまりました」
 低い声が戻ってきた。 バッグからハンカチを目立たぬように出している史麻を横目で見て、市郎はぼそぼそと話を続けた。
「そりゃ無理だよ。 二重スパイみたいなことやってたんだから。 菊乃さんにも頼まれて、報酬貰ってたんだぜ。 早智さんを探し出してくれって。
 な? 君の立ち位置がわからないうちは、何も話せるわけないじゃん」
 何が、ないじゃん、だ。 史麻は理屈の通らない怒りを覚えた。 ほんとに芝居のうまい男だ。 どこまで本心か、誰にもわかりっこないんだ。
 史麻は止まり木に坐り直し、赤くなった眼で市郎をまっすぐ見つめた。
「もう話せるよね? 早智ちゃんは、今どこ?」







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