表紙

丘の家 75


 火曜日、小型のロケバスで湘南に行ったとき、史麻は広田の話を加南子から聞いた。
「SAの広田さん、ひどい目に遭ったんだってね」
 車内で不意に言い出されて、史麻はぎょっとなり、鋭い目でマネージャーを見返した。
「広田部長?」
「そう。 賭博に手出して捕まっちゃって、地方の営業所に飛ばされるって聞いた」
 東京にいなくなるんだ……!――重荷がスッと肩から降りた。 史麻は両腕を伸ばして、思い切り深呼吸したくなった。
 加南子は、史麻も賭博場にいたなどと夢にも思っていないらしく、面白そうに話を続けた。
「あのオヤジ、あちこちでセクハラしてたから、ほっとした女の子多いんだろうな」


*-*-*


 『山根』改め香月刑事がどう始末したのかわからないが、史麻の周りは相変わらず静かで、これまでとまったく変わりなかった。
 水曜日の午前中、仕事に出る前に、史麻は実家に電話してみた。 待っていたように母が出て、その後わかってきたことを話してくれた。
「片瀬のお義父さん、脳軟化で入院してたんだって! 秘密にされてたから全然知らなかったわ。
 だから名前だけの社長で、会社は実質冶臣さんが切り盛りしてたんですって」
「じゃ、丘の家にいたのは、菊乃ちゃんとお義母さんの二人だけ?」
「そういうこと。 昭代さんは、まさかカジノをやってるなんてわからなかった、ただのパーティーと思っていたと言い張っていて、共犯じゃないらしいわ」
「えー? いくら広い家でも、娘が何やってるかぐらい、気がつくと思う」
「そうだよね、私もそう思うけど、昭代さん外出好きで、あまり家にいないからね……。 会社のほうにも取材陣がつめかけてるっていうし、冶臣さん大変だ」
 会社の業績に影響が出るだろうか。 去年の初め、最後に見かけたときの冶臣の暗い顔を思い出して、史麻は心が痛んだ。 そして、姉を思った。
――早智ちゃん、どこにいて何をしてるかわからないけど、がんばって! できたら連絡してきて。 みんな心配してるから――




 仕事は、スタジオでのスチール撮りだった。 いつも落ち着いている史麻が、珍しくポーズを間違え、チェアに坐らないでぼんやり立っていたりするので、カメラマンの阿木がいらいらして頭を掻いた。
「史麻さん、聞こえる? ねえ、ちゃんと聞いてる? こっちに坐るの。 ここ!」
「あ、すみません」
 あわてて白のフォールディング・チェアに腰かけようとして、史麻は斜めに傾いて床にずり落ちてしまった。







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