表紙

丘の家 74


 翌朝早く、史麻は電車で東京のマンションに帰った。
 夕方に、母から電話があった。 片瀬菊乃の逮捕で町が大騒ぎになっているそうだ。 鈴木夫人が噂の火に油をそそいだのだろうと、母は不愉快そうに言っていた。
 史麻もそう思った。 娘の福実が現場にいたのだ。 詳しく訊き出して、話を倍ぐらいにふくらませて言いふらしているに違いない。
 その、当てにならない噂によると、片瀬の昭代〔あきよ〕夫人も事情聴取を受けているらしかった。 ただ、長男の治臣〔はるおみ〕には今のところ、疑いはかかっていないようだった。
「治臣さん何年もあの家に帰ってなかったんだって。 お母さんたちと喧嘩して、絶交状態だったらしいわ」
 史麻はそこで思い当たった。 菊乃があんなにしつこく自分を憎んだ原因を。
「菊乃ちゃんは、早智ちゃんがお兄さんを取ったと思ってるんじゃない? だから早智ちゃんがどこにいるか教えてくれないし、理由も言わないんだ」
「そうね、きっとそうだわ」
 母は一瞬声を弾ませたが、すぐ元気をなくした。
「でも、それならうちに連絡があるはずよ。 治臣さんと幸せに暮らしてるなら、あんたや私から隠れる必要ないもの」
 そこが問題なのだった。 だが、今の史麻には以前と違って、確信があった。 姉は後ろ暗いことなんかしていない。 悪いのは、菊乃たちだったんだ!
「私たちを巻き込みたくなかったのかも。 この騒ぎが収まったら、今度こそ戻ってきてくれるかもしれない。 そう思わない?」
「そうね……」
 自信なさそうに、母は口ごもった。




 事件は、東京の新聞にも載った。 テレビのニュースで報じられたときは、胸が痛んで、画面を見続けることができなかった。 あの立派な丘の家が封鎖され、容赦ない取材にさらされている。 菊乃は、派手なドレスの写真と共に、高校時代の制服姿まで出されていた。


 主犯は、自称トレーダーの横川博道だった。 彼は元総会屋の手先で、菊乃の愛人でもあった。 片瀬家の人脈に目をつけ、高級カジノを装って、国内外の『セレブ』から金を巻き上げようとしたのだ。 これまでの儲けは二十億を下らないらしい。
 麻薬の話はまったく出てこなかった。 それで逆に、警察の本当の狙いはそっちだったんじゃないかと、史麻は思った。
 







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