表紙

丘の家 71


 家に帰り着いたのは、九時少し過ぎだった。
 史麻は万札を四枚尾口に渡し、心から礼を言った。
「頼もしかったー。 足がグネグネで家まで歩けなかったから、ほんと助かった」
 尾口はホクホク顔で札を二つに分けた。
「こっちが正規料金で、こっちがチップと。 ありがとやす。 これからもごひいきに」


 玄関を開けると、心配顔の両親が並んで立っていた。
「大丈夫だったか?」
 父が真っ先に訊いた。 史麻は頷き、戸をきちんと閉めてから、上がりかまちに腰を落として、母に頼んだ。
「足が汚れてるの。 拭くもの持ってきてくれる?」
「ああ、ちょっと待って」
 急いで台所へ行く母を尻目に、父は続けて質問した。
「片瀬のパーティーへ行ったんだって? さっき帰ってきて母さんに聞いたんだが、すごく行くの嫌がってたそうだな」
「うん」
 言葉がうまく出ないほど疲れていたが、史麻は努力して答えた。
「菊乃ちゃん家でカジノなんかやってたの」
「カジノ……賭博場か?」
 父の声が高ぶった。 早足で戻ってきた母は、その言葉を聞いて危うく雑巾を落としそうになった。
「まあ信じられない! 外国の真似?」
「仲間がいて、覚醒剤も持ってたわ」
 衝撃で、母は廊下に座りこんでしまった。


 足を拭いて上がった後、親の勧めで史麻はすぐ風呂に入った。 シャワーを浴びている間も、警察から電話が入らないか、直接尋ねてこないかと耳を済ませていたが、気配はなかった。


 ドライヤーで髪を乾かしながら、史麻はじっと考えていた。 『山根』の本名は香月で、警察の人間だ。 秘密捜査をしていたということは、公安かもしれない。
 賭博場を常設していたからといって、公安警察がわざわざ出てくるだろうか。 大勢いた客の中に、特別な人間がいたのだろうか。
 史麻は身震いした。 やり切れない不安が、心を覆った。








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