表紙

丘の家 70


 現在位置を聞いて、すぐどの道だかわかったらしい。 五分で行くと言い、尾口は電話を切った。


「今タクシーが迎えに来る」
 史麻がそう告げると、市郎はうなずいて、あっさり言った。
「まっすぐ家に帰って、知らん顔してな。 俺たち兄弟のことも知らなかったことにしてくれ」
「助けてくれてありがとう」
と、ぎこちなく史麻は口にした。 さっきから言うチャンスを待っていたのだ。
「麓郎さんにもありがとうって伝えてください」
「自分で言やいいだろう」
 市郎はさらっと受け流した。 史麻は落ち着きなく足を踏み代えた。
「警察が家まで来たらどうしよう。 受付の子と中の客に見られてるから」
 不安だった。 きっと来客名簿に名前があるだろうし。
「もし訊かれたら、呼ばれたけど行かなかったと言えばいい。 あの連中が捕まえたかったのは君じゃない。 むしろ捕まえたくないだろう。 マスコミで派手に取り上げられたら困るからな」
 それだけ言い残して、市郎がすたすたと歩き出したので、史麻は驚いた。
「タクシーに乗っていかないの?」
「まだやることがあるんだ」
 遠ざかっていく男の背中を、史麻は割り切れない思いで見送った。


 間もなくライトが道を照らして、タクシーの車体が道に入って来た。 ドアが開くやいなや、史麻は文字通り転がりこんだ。
 すぐに車を発進させると、尾口は許される限りのスピードで角を曲がった。
「びっくらこいたなー、それにしても。 菊乃って本当に法律犯してたんだ」
「うん」
 車に乗ってほっとした。 体中から力が抜けた。 史麻はゼイゼイ言いそうになって、あわててハンカチを出して口元を拭った。
 尾口は好奇心ではちきれそうになっていた。
「なあ、中で何やってたんだ? どうせ新聞に出るんだから、教えてくれよ」
 どこまで話して大丈夫だろう。 ちょっと考えてから、史麻は口を開いた。
「賭け事。 バカラとか、スロットマシーンとか、そんなような」
「うわ、あのでっかい家をカジノにしてたわけ?」
 あきれて、尾口は大きく頭を振った。
「アホだなあ、あの女。 博打開帳したりして、闇社会に儲け吸い取られるだけだろうに」
 考えが足りない上に、大胆すぎる。 史麻にも菊乃がここまでやったわけが理解できなかった。 しかも、それが姉のせいだとは、到底思えなかった。
 車に揺られながら、史麻は独り言のように呟いた。
「お義兄さんは……治臣〔はるおみ〕さんは知ってるのかな」
「まさか知らないってことはないだろう。 自分の家だぜ」
 すぐに尾口の意見が返ってきた。









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