表紙

丘の家 68


 捜査陣は、出口の見張りと屋敷内の捜索で手一杯らしかった。 不意に電気が切れて真っ暗になったため、中の客はほとんど動けなかっただろう。 せいぜい廊下を右往左往するぐらいで、庭まで出た者はほとんどいないし、いても門で捕まえればいいと判断しているようだ。 広大な庭は静かで、人の気配はまったくなかった。


 二人は無事、隣家との境にたどり着いた。
「靴脱ぎな。 その靴じゃ木登りはできない」
 うなずいて、史麻が靴を足から外すと、市郎はそれを片方ずつディナージャケットのポケットにねじこんで、まず自分が太い枝まで登った。
 枝にまたがって手を伸ばし、市郎は力強く史麻を引き上げてくれた。 そこから塀の上までは、一またぎだった。
 史麻の予想通り、隣りの庭もシーンとしていた。 たしか三津田さんは引退した製薬会社の会長で、家に出入りするのは八十歳を越えた老夫婦と通いのハウスキーパーだけのはずだ。 もうこの時間だと寝ているようで、木々の間から見える屋敷は真っ暗だった。
 それでも用心のため声を落として、史麻は囁いた。
「建物には防犯カメラがあるかもしれない」
「門はどうかな」
「表門はわからないけど、裏木戸はたぶんついてないと思う」
 裏木戸は、片瀬邸から最も遠い場所にあった。 正門とは違う道に面しているから、警察もそこまでは張っていないと思われた。
それに、昔風の低い竹扉で、史麻でもなんとか乗り越えられそうだ。
「じゃ、降りたらそこへ行こう」
 囁き返して、市郎は塀から庭へすべり降りた。 史麻が危なっかしい足取りで三津田の庭の木に乗り移ると、すぐに市郎が両腕を広げて促した。
「飛べ。 だいじょうぶ、受け止めてやるから」
 すぐに史麻は心を決めた。 肩にまとわりつく小枝が首筋を引っ掻いたが、かまわず市郎目がけて飛び降りた。


 腕がしっかりと体を抱き止めた。 ジェルの匂いだろうか、かすかに鼻孔を刺激した。
 そのまま、二人は停止した。 外で足音がして、携帯電話で低く話す声が通り過ぎていったからだ。
「こっちはあれから誰も出てきません。 中はどうですか? 助っ人に行きましょうか?」
 胸をどきどきさせながら、史麻は市郎にしがみついていた。


 ふっと彼が身じろぎした。 それから、両手が史麻の顔を挟み、唇が激しく重なった。









表紙 目次文頭前頁次頁
背景:Fururuca
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送