表紙

丘の家 65


「当たり」
 右横で、麓郎のあっさりした声がした。 史麻をここまで引っ張ってきた市郎が、首を出して周囲を窺い、史麻の手をしっかり握り直した。
「そろそろ行くか。 香月〔かづき〕はどこにいた?」
「確か裏門を張ってるはずだ」
「よし、あいつと交渉しよう。 さあ、行くぞ!」


 三人は建物の壁に張り付くようにして、素早く移動した。 しかし、もう少しで裏庭に出るという地点で、前を走っていた麓郎がピタッと足を止め、腕で後ろの二人を制止した。 囁き声が警告した。
「誰か門にいる」
 一瞬耳をすませてから、麓郎は付け加えた。
「鍵開けようとしてる」
 菊乃だ! 史麻にはすぐピンと来た。 さきほど一人で電気をつけに行ったはずだが、屋敷はまだ真っ暗なままだ。 異変を感じて、いち早く自分だけ逃げようとしているにちがいない!
 やがて掛け金の外れるかすかな音がして、鉄の門が開いた。 パーティーで表門を大きく開け放ち、人の出入り自由になっているときに、どうして裏門だけ施錠したのか。 不思議だと史麻は首をかしげた。

 麓郎の体越しに覗くと、スカートの広がったドレス姿の影が、開いた戸口から裏通りに忍び出るのがわかった。
 すぐに男の声がした。
「待ちなさい!」
 狐に見つかった兎のように、菊乃はピョンと飛び上がって左に走った。 右から男が二人、その後を追っていくのが、鉄門の格子から透けて見えた。


 その直後、ドサッという音が左のほうでして、菊乃の悲鳴が夜気をつんざいた。
「痛ーい!」
 男たちの足音が止まり、聞き覚えのある声が意外そうに叫んだ。
「なんだよ、福実か? 鈴木福実だろ? お前なんでここに!」
「驚いてる暇があったら、とっとと手錠かけなよ」
 隣家のお嬢、女性刑事の鑑〔かがみ〕、鈴木福実の、どっしり肝の坐った声がした。






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