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丘の家 64


 戸外で、小さなパリッという音がした。
 何かが、または誰かがガラスの破片を踏んだらしい。 横川が、はっと身動きした。
 その直後、窓のあった空間から眩しい光が射しだ。 大型懐中電灯のライトだった。 真っ暗闇から突然照らされた横川は、目がくらんで思わず片手で顔を庇った。
 ライトを持った何者かは、素早く窓枠を乗り越えた。 そして、物も言わずに拳を一閃させた。
「うっ」
 つぶれたような呻き声と共に、横川は半円を描いて回り、音響機器の置いてある細長い台に掴まった。 手から史麻のバッグが落ちて、ボフッという鈍い音がした。
 侵入者は、踏み込んでもう一撃加えようとした。 だが、横川は急いで床に体を倒し、這ってドアに近づくなり大急ぎで開いて、隣りの広間に逃げていった。

 ライトが下を向き、床をさまよって史麻の足を探しあてた。 荒い息が尋ねた。
「立てるか?」
「ええ!」
 恐怖の名残で全身がしびれていたが、椅子や壁を手がかりにして、史麻は何とか体を起こした。 途中からは、男の手が引っ張って助けてくれた。
「がっちりした靴を履いてるな。 用意がいい。 窓を乗り越えるから、ガラスに注意して」
「わかった」
 隙間のあいたドアから、ドサドサと近づいてくる足音が聞こえた。 横川が広間から援軍を集めてきたらしい。 史麻は手探りでバッグを素早く拾い上げ、身構えをした。
「行くぞ!」
 低いかけ声と共に、史麻は男と並んで窓枠に乗り、一気に飛び降りた。
 ジャリジャリッという嫌な音がしたが、二人は構わずに右方向へ走った。 大きな建物に沿って曲がったところで、新しい誰かが史麻の手首を捕らえ、陰に引き入れた。
「どこだ!」
「どっちへ行った!」
「道に出たんじゃないか?」
 鋭く呼び交わしながら追ってきた男たちは、史麻が二人の救い手と張り付いている壁までたどり着かなかった。 その前に別の足音が響き、冷静な声がした。
「横川博道さんですね。 警察の者ですが、今夜のパーティーについてちょっと伺いたいことが……」
「逃げろ!」
 濁った悲鳴と共に、男たちはばらばらと走り出した。 追っていく数人の足音がして、やがて再び静けさが戻った。

 二人の男に片方ずつ手を取られたまま、史麻は息を詰めていた。 ここは街灯の届かない家の角で、横にいる男性の顔は相変わらず見えないが、誰かはもうわかっていた。
「葉山さん」
 二人のどちらにともなく、史麻は小声で問いかけた。
「市郎さんと麓郎さんでしょう?」






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