表紙

丘の家 61


 顔を見なくても誰かわかっていたが、史麻は勢いよく身を返して、真正面から向き合った。 激怒が頭を覆い、眼がくすぶった。
「菊乃! あんた何やってるの? 自分の家でこんなことして、回りにわかったらどうなるか……」
 ただならぬ様子に、近くのテーブルから数人が振り返った。 その中には、前の宝捜しパーティーで知り合った横川の顔もあった。
 必死に自分を抑えて、史麻は声を低くした。
「私帰る。 はいこれ!」
 胸から白い造花を外そうとする史麻の手を、菊乃が掴んだ。 振り放そうとしても、跡がつくほど握られて、ほとんど動かせなくなった。
 史麻と同じぐらい力を込めた視線で睨み返すと、菊乃は囁いた。
「ここで騒ぐと承知しないわよ。 こっちへ来て」
「なによ」
 もがいて後ずさりする史麻へ、菊乃はじれったそうに言った。
「ここじゃ落ち着いて説明できないから、向こうへ行って話そうって言ってるんじゃないの。 二人だけで」


 強い力で引っ張られていきながら、史麻は首を左右に振って客の中を探した。 葉山兄弟は……いない。 山根の姿もない。 この前昼間のパーティーで会った連中ですら、ほとんど来ていないようだった。 無邪気に史麻を取り囲んだ女の子たちも。 あの集まりは、この闇賭博をごまかすためのダミーだったのだと、史麻は悟った。
 不安がもくもくと心を覆った。 それでも、相手が菊乃一人ならなんとかなる。 ここは一階だから、突き飛ばして窓から飛び降りればいいんだ。
 少し気持ちを落ち着けて、史麻は菊乃と揉み合うように、広間の左にあるドアからサブルームに入った。


 そこは、様々な音響設備が置いてある小部屋だった。 広間のオーディオを操作するミキサーやアンプが整然と配置されている。 横には、まるで警察の取調室のようなガラスの覗き窓がついていて、広間の様子が一望できた。
 その窓に、ザッと音を立ててカーテンを引くと、菊乃はようやく史麻の手首を放した。 彼女の顔も、史麻に負けず劣らず怒りに燃えていた。
「何ネコってるのよ! モデルなんて派手な商売していれば、嫌いな男と寝るなんて普通でしょ?」
 赤くなった腕をこすりながら、史麻は氷のような声で言い返した。
「普通じゃないから罠にかけたんじゃないの? 言ってることが矛盾だらけ」
 更に腹を立てて、菊乃の頬がピンク色に染まった。








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