表紙

丘の家 59


「じゃ、頼むね」
「よっしゃ」
 小声で尾口と言い交わした後、史麻が後部座席から降りると、広田はすぐ見つけて、文字通り飛んで来た。
「やあやあ、来たね!」
 あんたが脅すからだろうが、と、冷ややかな態度で史麻は相手を見返した。
「それで? 今夜はいったい何の集まりなんですか?」
 目くらましのために丘の下を一周すると決めてあるので、尾口の車は発進し、二人の横を通っていった。 避ける仕草を見せながら、広田は声をグッと下げて囁いた。
「そんなこと大っぴらに言えないよ。 ささ、おいで、大人の社交場へ」
 何言ってんだ、このHオヤジ――気の進まない足取りで、史麻はわざと少し離れて、片瀬家の玄関に入った。


 中には、あの受付の女の子が坐っていた。 ちゃんと淡いオレンジ色のロングドレスに着替えている。 史麻が目に入ると職業的な笑みを浮かべ、横向きに頭を倒してお辞儀の代わりにした。
「いらっしゃいませー。 またのお越しありがとうございます」
「どうも」
 台に歩み寄って、史麻は名前を告げた。 広田が得意げに余計なことを言った。
「僕の連れだよ」
「そうでございますか」
 高い声で答えると、受付嬢はこの前と違うことをした。 台の下からリボン製の白い造花を取り出し、立ち上がって史麻のドレスの肩につけた。
「はい、会員証でございます。 お廊下を左に曲がって三つ目のお部屋へどうぞ」


 そこは第二応接室だった。 メインのよりは少し小さめだが、大規模なオーディオシステムがあって、奥に舞台も備わっていた。 カラオケルームとしてよく使われる部屋だ。


 中へ一歩足を踏み入れて、史麻は目を見張った。 以前来たときとはまったく変わっている。 あちこちに黒塗りのテーブルが並び、壁には大きな画面付きの機械が一列に備えつけられていた。
 赤ピロードのどっしりしたカーテンに包まれた部屋を、史麻は端から端まで見回した。
「どうしたの……? これって、まるで……」
 広田のご満悦な顔が、史麻の驚いた視線を追った。
「そう、大人の遊び場、カジノだよ」








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