表紙

丘の家 57


 四時になっても、麓郎からの連絡はなかった。 留守電を聞いていないか、忙しくてちょっとした知り合いの相手をする暇がないのかもしれない。
 史麻は、いらいらと爪を噛みながら、何度も部屋を歩き回った。 そして、最後の望みとしてタクシードライバーの尾口を思い浮かべた。
――そうだ、オグちゃんを借り切ってしまおう。 彼の車で丘の家まで行って、駐車場で待っててもらうんだ。
 なんか合図を決めなくちゃ。 携帯のワン切りはどうだろう。 いざとなったら窓ガラス破って喚いてもいい。 菊乃の家なんて、どうなったってかまうもんか!――

 心は決まった。 イヴニング用のドレスをいくつかベッドに並べて、史麻は大きく深呼吸した。
「どれにしようかな」
 ラヴェンダーカラーがいいような気がした。 長めのスカート風キュロットで、紫のふわふわしたボトムがセットになっているツーピースだ。 これなら踊れるし、走れるし、いざとなったら芝生に飛び降りることだってできる。
 踵が太いしっかりした靴を出して、選んだ服と共に大き目のショルダーバッグに詰め込んだ後、史麻はタクシー会社に電話した。
 すぐに指令センターから返事があり、尾口は町を流しているだけだから喜んで駅でお迎えすると言ってきた。


 乗り継いだ電車が故郷に近づくにつれて、史麻はなんとなく気分が高揚してきた。 もちろん行きたくない。 嫌なのだが、怖いもの見たさの気持ちもある。 いったい菊乃が本当は何をやっているのか、ようやくわかるという奇妙な満足感が心を占めた。

 あんまり明るくない駅前広場には、見覚えのあるタクシーがちゃんと停まっていた。
 パッとドアが開き、史麻が身軽に乗り込むと、帽子を阿弥陀にした尾口が肩越しに振り返った。
「いったん家に帰る?」
 史麻はショルダーを外して横に置いた。
「うん。 着替えしなきゃならないから」
 車をギューッと回して、尾口はかえで通りに入った。
「片瀬んちのナイト・パーティー、最近ではやってなかったんだがな。 前はよく開いてたよ、一ヶ月に一回ぐらい。 でも、六月の末に近所から警察に通報があってさ」
「通報?」
 初耳だった。 尾口は前を向いたまま帽子を揺らしてうなずき、曲がろうとして左右を素早く見た。
「そう。 夜中に銃声がしたってね」






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