表紙

丘の家 56


 それからが大変だった。 こんな日に限って、加南子が他のモデルについて静岡に行ってしまっていて、相談に乗ってもらえない。 最寄の笹塚駅に急ぎ足で歩きながら、史麻は祈る思いで葉山市郎に電話をかけた。
 だが、三度試みたのに、すべて圏外だった。


 ついで、山根にかけてみたが、こちらも通じなかった。
 嫌な悪寒が、ひたひたと背中に迫ってきた。 山根にも、そして麓郎にも、日曜の集まりには出るなと仄めかされている。 知らん顔ですっぽかすのが一番いい道だとは思う。 だが、それで無事に済むだろうか。


 調布のマンションに戻ってから、史麻は思いついて、浜松の加南子に電話を入れた。
 幸い、こちらはすぐ通じた。 しっかりと落ち着いた加南子の声が、こんなに懐かしく聞こえたことはなかった。
「加南子さん? 今忙しい?」
 後ろがガヤガヤと賑やかだ。 案の定、加南子が申し訳なさそうに答えた。
「うん、予定が押しちゃってね。 悪いけど手短に頼む」
「ああ、それなら、葉山麓郎さんのケー番教えて。 この前、カラオケで訊いてたでしょう?」
 加南子は明らかにびっくりした。
「えー、知らなかったの?」
 そして、とたんに自慢そうな態度になって、声を潜めて教えてくれた。


 礼を言って一旦電話を切り、窓辺に歩いていって、史麻は一つ一つ丁寧に番号を押した。
 間もなく、着信音が聞こえてきた。 だが、応答はなかった。
 知らない番号に出ないのは常識だ。 史麻は留守電に、できるだけ落ち着いた声で録音した。
「すいません、佐々原史麻です。 モデルの。 あの、今日の晩に菊乃ちゃんの家でパーティーがあって、そこに無理やり招待されちゃったんです。
 知り合いの部長さんを使って、菊乃ちゃんが圧力かけてきて……なにか情報があったら教えてください。 ご迷惑ですが、よろしくお願いします!」


 最後は自分でも、必死な声音に変わっているのがわかった。






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