表紙

丘の家 55


 史麻は耳を疑った。 なんで広田部長が菊乃と自分の家庭事情まで知っているのか。 それに、今日のパーティーは夜に開かれる?
 いかにも今夜が楽しみだという口ぶりで、広田は後を続けた。
「最近ずっと昼間のお子ちゃまパーティーばかりで、つまんなかったんだ。 二ヵ月ぶりに、顔出してみようと思ってね」
「いえ、私は誘われてませんから……」
 慌てて史麻が断わりかけると、広田は俄かに怖い顔をした。
「なんだよ、その言い方。 俺が行くって言ったら、とたんに止めちゃうの?」
 史麻は面食らった。
「そうじゃないです。 最初からほんとに約束してないんです」
「誘ったって菊乃さんはっきり言ってたよ。 嘘つくの、君?
 それに、ここまで話しちゃったんだから、行かないとは言わせないよ。 俺、カマトト嫌いなんだ。 なあ、人気商売なんだから、変な噂立てられたくないだろう?」

 強ばった表情で、史麻は広田の扁平な顔を見返した。 心の中で、激しく菊乃を罵りながら。
――やったわね、菊乃! このお返しは、必ずさせてもらうからね! こっちの仕事にだけは踏み込まない、それがルールでしょう。 あんたが何たくらんでるのか知らないけど、こうなったらどんな手使ってもぶち壊してやる!――

 身を守るためにも、覚悟が必要だった。 史麻は表面上折れた振りをして、行くと約束した。
 広田は露骨に喜んだ。
「そうそう、いい子だ。 もう今日の仕事はここで終わりだろ? 外に車あるから……」
「やだ部長さん、普段着で行けっていうんですか? これから帰って着替えて、出直します」
「それじゃ君の家まで……」
 このドスケベ野郎! 急に目つきまで変わったので、非常にむかついたが、そこは何年かモデルをやっている経験で、やんわりと受け流した。
「パーティー会場でゆっくり会えますよ。 先に行って待っててくださいね」
「「うーん、必ず来るんだよ。 約束」
 肩に分厚い手を載せて、意味ありげにグッと押し付けた後、広田はニヤニヤ顔で遠ざかっていった。


 その後ろ姿を睨みながら、史麻は思わず額をキュッとしかめてくしゃくしゃにした。 雨に遭った犬のように、ブルブルと全身で身震いしたい気分だった。






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