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丘の家 53


 その言い方は、不思議なほど優しかった。 そのため、史麻はいつもほど子供扱いされているという気分にならなかった。
 じれた口調をわずかに含ませて、史麻は尋ねた。
「だから何を? ちっとも教えてくれないじゃないですか」
「いろいろあってね」
 市郎は飲み物を空にした後、ニッと笑った。
「そのうち話せるときが来ると思う。 ともかく」
 そこで言葉が妙な風にとぎれたので、史麻は催促した。
「ともかく?」
「ともかく、何も起きなかったんだから、それでよし」
 音楽が消え、麓郎のタンバリンが陽気に打ち鳴らされたため、曲が終わったのを悟って、あわてて史麻も手を叩いた。
 マイクを市郎に渡しながら、加南子が史麻に冗談めかして言った。
「なに密談? 真剣な顔して」
「ちがうよ、ちょっと……」
 史麻が説明しようとしたとき、市郎がすっと話に割り込んだ。
「いやあ悪い。 こないだはどうも、みたいな社交的挨拶をしてただけなんだよ。 スイートメモリーズ、思い出すな〜。 花つけたペンギンが歌ってた」
「リアルタイムでコマーシャルみてたんだ? 年がわかるぜ兄貴」
 麓郎がまぜかえした。 市郎は苦笑して、今度はビールに手を伸ばした。
「子供のときだよ。 年寄り扱いすんなっての」


 結局、二時間ほどわいわい騒いで、四時少し過ぎに一同はカラオケを出た。 まだ風雨は激しく、人通りの少ない路面にしぶきを上げていた。
 四人はまた加南子の車に乗り、新宿駅まで行った。 降りる時、男子二人はてんでに明るく礼を言った。
「ありがとう。 楽しかった」
「加南子さんサンキュー。 またカラオケ行こうね」
 こちらは麓郎だった。 加南子は嬉しそうに首をちょっとすくめて、二人に手を振った。


 駅前で車をターンさせて帰路についた。 ウーロン茶で我慢した加南子は、目をパッチリ開けて、激しく動くワイパー越しに行く手をしっかり見据えていたが、やがて横の史麻にぽつりと言った。
「あの人たち、危険だね」






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