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丘の家 50
史麻は驚いて、反射的に訊き返した。
「どこで?」
「どこだったかなあ」
二秒ほど考えて、福実はあっさり答えた。
「わからん」
「警察署内?」
いささか不安になりながら、史麻は質問を重ねた。 今度は答えが早く戻ってきた。
「いや、違うな」
犯人じゃないんだ――史麻は妙に安心した。 まさかあの明るい山根に前科があるとは思わなかったが。
「山根さんっていう人よ。 名前に覚えは?」
福実は眉間に皺を寄せた。
「ない」
そこで一つ大あくびをすると、福実は何の前触れもなく自宅に入っていった。 福実とでは世間話にならない。 そういうところは、母親とまったく違う性格だった。
「じゃあね」
と、一応後ろ姿に声をかけて、史麻も家に向かった。 明日の朝は七時までに起きてマンションに帰ること、十時の撮影に間に合わせなくちゃな、と胸の中で逆算しながら。
*〜*〜*〜*
週の前半は、順調に仕事が進んだ。 しかし、肝心の水曜日になって、予想外のことが起きた。
進路を急角度に曲げた台風が近づいてきて、ロケ地が集中豪雨になってしまったのだ。
スチール撮りは、急遽金曜日に変更された。 そして水曜の午後には、室内で撮影する金曜の予定が繰り上がってきた。
こんなやりくりで、山根との二度目のデートはお流れになった。 ちゃんと昼前に電話をかけてきた山根は、とても残念がった。
「えー? 仕事入っちゃった? まあ台風のせいなら文句の持っていきようがないけど、なんか悔しいなあ、やっぱり」
「じゃ、日曜日は? 次の日曜は丸一日空いてるの。 普通の勤め人みたいで嬉しいんだ」
「ええと」
とたんに山根は歯切れが悪くなった。
「日曜か……ちょっと行くところがあって」
「そうなの」
今度は史麻ががっかりした。 うまくいかないものだ。 また会おうね、と言い合って電話を切ると、史麻はベランダに通じる引き戸に歩み寄った。
外からは斜めに雨が打ち付けて、ガラスを不気味に揺らしていた。 風の唸りが前より大きい。 間隔も短くなったようだ。
マネージャーの河本加南子が車で迎えに来てくれる予定なのだが、ちゃんと着けるだろうか。 カーテンの隙間から荒れる空模様をうかがって、史麻は不安になり始めた。
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