表紙

丘の家 49


 食事は楽しく進んだ。 山根は、レンタル業種に勤めているのだそうだが、あまり仕事の話はしたがらなかった。
「地味な業務。 佐々原さんの仕事とは違って」
「私のも、外から見てるほど派手じゃない。 待ち時間が多いし、吹きっさらしの戸外で、同じポーズを何回も取って、みたいな」
「だろうなー。 楽な商売はない」
「うん、休みは不規則だしね」
「あ、それはこっちもそう。 さっきみたいに呼ばれたらいつでも行かなきゃならないんだ」
 この程度で終わって、後はドライブが趣味とか、面白い名前の地酒の話などに移った。

 語り合っていると、気持ちがなごんだ。 小春日和の中、日向ぼっこをしているような感じで、癒される気がした。
 相手も違和感がなかったのだろう。 上司には三十分と約束したのに、気がつくと時は一時間以上過ぎ去っていた。
 史麻がそっと注意して、ようやく山根は、残念そうな目つきで真っ暗になった外を見た。
「あーあ、これから柏までドライブか」
「柏にお店が?」
「支店なんだけど」
 支払いをすませて外に出て、車で家まで送ってもらう間も、二人は話し続けた。
「やったやった! 子供のとき。 ルートマップ持って、ポイントでスタンプ押してもらうの」
「僕は電車でもやったよ、スタンプラリー。 全部そろえると機関車のカードが貰えて、それに点数つけてカードゲームとか」
「なつかしいなあ。 オリエンテーリングって、今でも開催してるのかしら」
「さあ、どうだろ」
「あ、そこそこ! その角」
 あやうく家に曲がる道を通り過ぎるところだった。

 史麻が降りた後、ドアを半分開けて、山根は身を乗り出すようにして言った。
「また電話するね。 ええと、仕事の邪魔にならないときって、いつ頃?」
 史麻は、素早く予定表を頭に思い浮かべた。
「たぶん水曜日は午後から空くと思う」
「水曜って、二十七日か。 うー、残業がありませんように。 もしあったら、尿管結石です、とか盲腸です、とか言ってズラトンしよう」
 史麻が低く笑っていると、シャッシャッと音の出そうな歩き方で、背の高い女性が角から姿を現した。 それを見て、山根は残念そうに体を引っ込め、軽く手を上げて微笑を残してから、発車させた。

 のっぽの女性は、隣家の福実さんだった。 顎をしゃくるような頭の下げ方で史麻に挨拶した後、高校の副応援団長で鳴らしたドスのきいた声で、こう言った。
「どっかで見たことある。 今の男」





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