表紙

丘の家 48


 これから車で迎えに来るというので、史麻は道筋を教え、スモックのついたワンピースに着替えてメイクもし直して、気分よくリビングで待っていた。
 すると、横のキッチンで夕食のブロッコリーサラダを和えていた母が、サラダボウルを運んできてテーブルに置いた後、ぽつんと訊いた。
「また別の人?」

 史麻は驚いて顔を上げた。
「え?」
「あのね、隣りの鈴木さんが、史麻がいつも違う男の人に送られて帰ってくるのね、なんて言うの。 モデルはやっぱり男出入りが激しいのかしら、まで言うのよ」
 史麻の口がへの字になった。 まったく!
「なにその曲がった考え方! 自分の家にも女の子がいるんだからわかるでしょう! 今時ふつうの時間に車で送ってもらったって、どうってことないよ」
「それが……わかんないんじゃないの?」
 母は下を向いて、ちょっと笑った。
「あそこの家の福実〔ふくみ〕ちゃん、もてないもの。 こないだも、車でカーブ曲がったときに子供が前にいたら、わざわざ降りて、傍にいたお母さんに『あんた、犬の鎖でこの子つないどきなさい!』って怒鳴ったんだって」
「こわ〜い」
 母子は声を合わせて嘆息した。

 やがて、玄関のチャイムが鳴った。 鈴木夫人の嫌味を聞く前ほど心は弾まなかったが、それでも史麻は笑顔になって、白い靴に足を入れた。
 ドアの向こうも楽しい微笑みだった。
「こんばんは。 ちょっと強引に誘っちゃったかな」
「そんなことないわ。 食事に行くぐらい、ごく普通のことだから」
 後半をわざと大きめの声で言って、史麻は明るい声を残してドアを閉めた。
「いってきまーす」


 町で一番おしゃれな『クオーレ』というビストロへ行こうと車を走らせていると、電話の呼び出し音が鳴った。
 とたんに、軽やかに運転していた山根の表情が固くなった。 そして、慌てたように道路わきに車を寄せて止めた。
「すいません、ちょっと」
 バッグから携帯を出すと、ボタンを押した。 はい、はい、という短い返事しか聞こえなかったが、やがて叫びに近い抗議が入った。
「えー? 今すぐですか?」
 相手は強硬らしい。 次第に山根の顔は、これ以上ないほど暗くなっていった。
「これから飯食うところなんですよ。 行かせてくださいよ。 せめて三十分!」
 ようやくお許しが出たらしい。 いくらか肩に入った力を緩めて、山根は電話を切り、横の史麻に振り向いた。
「上司のバカが、すぐ来いって。 でも待たせときます」
 青年らしい気負いのある言葉を、史麻は少し心配して聞いた。





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