表紙

丘の家 46


 わざわざ送ってもらったからと、史麻は麓郎の分まで払おうとしたが、あっさり断わられた。
「気遣わないで。 俺この車で」
 首を伸ばして名前を確かめて、
「尾口さんに町案内してもらおうと思うんだ。 片瀬家で出る料理は上等なんだけど、おフランスでなんか口に合わない。 うまいうどん屋とか定食屋とか、教えてもらえません?」
「いいですよ」
 尾口は張り切って、降りた史麻に笑顔を向けるとすぐ車を出した。

 風変わりで面白い人だな、と思いながらタクシーを少し見送っていると、鈴木さんの玄関が開きかけたので、史麻は素早く家にすべりこんだ。 まだ日が高いから、つかまったら延々と世間話の相手をさせられる。 逃げるが勝ちだった。
 靴を脱いで片づけている内に、微妙な気分になってきた。 麓郎という青年は、気が向くとすごく人当たりがよくなるらしい。 尾口を丸め込んで話を引き出したやり口は鮮やかなものだった。
――兄さんの葉山さんは情報屋。 弟の麓郎さんも何か調べている感じだ。 大企業には裏があるというから、片瀬の会社にも秘密があって、そこんところを知りたいのかな――
 産業スパイ? 闇社会?
 とりとめなく連想していると、母が居間から顔を出した。
「ああ、おかえり。 わりと早かったね」
「途中で帰ってきたの。 これから本格的に遊ぶらしいけど、もう疲れた」
「ハイソな子が多かった?」
 史麻は思い出そうとした。
「そう……ね。 たぶん」
「あんたも婿さん探ししたら? せっかく呼ばれたんだから、利用しなきゃ損よ」
 やめてよ、と言いかけて、史麻は口をつぐんだ。 二、三人いい男がいたじゃないか。 あんなパーティー絶対いやだ! とは言い切れない。
 なかば本気で期待しているらしい母に、史麻はこれだけは言った。
「ハイソだからいい夫になるとは限らないよ。 早智ちゃんを見て」
 とたんに母の顔が暗くなった。
「ほんと困ったもんだ。 どうして連絡くれないんだろう。 こんなに心配してるのに、薄情だわ、あの子」

 部屋に行ってシャワーを浴びてから着替え、すれて落ちかかったペディキュアを直していると、階下から母の呼ぶ声がした。
「史麻、電話!」
 史麻はマニキュアのブラシを持った手を止めた。 家庭用電話にかけてくる人って誰だろう。 思いあたらない。
 母の声は更に続いた。
「山根さんだって!」





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