表紙

丘の家 45


「着きましたよ」
 ちょっとぶっきらぼうに言われて、史麻は慌てて考えこんでいた頭を上げた。
 そこは確かに、家の前だった。
「ありがと、オグちゃん」
 ぼんやり答えて金を出そうとしていると、麓郎が不意に身を乗り出した。
「運転手さん、佐々原さんと知り合い?」
「同級生です。 昔の話だけど」
 愛想のない尾口の答え方を、麓郎は気にした様子もなかった。
「そうなんだ。 この町の人ですね?」
「ええ」
 尾口の声が、警戒したように低くなった。
 麓郎はまるで構わず、はきはきと話しかけた。
「じゃ、片瀬菊乃さんとも知り合い?」
「あっちは同学年てだけ」
 尾口は苦い調子になった。
「あの子は金持ちとしか友達になんないから。 俺なんか見向きもされないすよ」
 運転席の背もたれに腕をかけて、麓郎は形のいい顎を載せた。
「訊いていいかな。 彼女カレシいる?」
 尾口は、少し警戒を解いた。
「まあ、噂になってるのはいるみたいだけど」
「ふうん。 俺逆玉狙ってたのにな。 残念」
 さらりと言ってのけて、麓郎は白い歯を見せた。
 これで尾口は、俄然敵意を捨てたらしい。 すらすらと話し出した。
「あくまでも噂だけど、大宅電気の社長の息子かなんか。 夜中に鶴岡インターのドライブインで見かけた運転手仲間がいてね。 夜だってのに、二人ともサングラスかけてこそこそしてたんで、怪しいって」
「その社長の息子、顔知られてるんだ」
「十年ほど前までこの付近で暴走してたから」
「彼女のパーティーでは見たことないなあ、大宅なんて……そうそう、あのパーティーは、ここら辺でどう見られてるのかな」
「まあ、ぜいたくなお遊びなんじゃないの? すげー外車が何台も停まっててさ。 でも、たいてい昼間だよね。 だから、みんなが働く時間に遊べていいなって、そんな感じ」
「酔っ払ったり暴走したりしないし?」
「まあね」
 そこで尾口は、あることを思い出した。
「そういえば一度、女の人が裏口からふらふら出てきて、道の真ん中を歩いてたことがあったな」
「へえ。 それで車にぶつかりそうになった?」
「いや。 大きなサクラの木があるところ辺で菊乃さん達が追っかけてきて、連れ戻してた。 たまたま傍を通ったとき見たんですよ」
「嫌がってた?」
「そんなことは。 上機嫌でしたよ。 世界中のみんな、大好き! なんて喚いてたな。 そうとう酒が入ってるようだったっす」
「今日はそこまで酔った人はいなかったけど」
 そんなこともあるのか、と危ぶみながら、史麻がそっと言った。





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