表紙

丘の家 43


「え? あんた達知り合いだったのかー?」
 横川が、思いっきりうらやましそうに語尾を延ばした。 麓郎はにこにこしながら、右手で目立たぬように史麻の背中を軽く押した。
「行こう。 じゃ、片瀬さん、またね」
「ちょっと! 表彰式は?」
「私の分は皆さんにあげてください」
 そう言い残した史麻を、菊乃の目が追った。 さっきの不機嫌とは違う、嵐の前触れのような不安定さが、その瞳から放射されていた。


 表の石段に出たところで、史麻は思わず短く溜め息をついた。 日頃からパーティーは好きではないが、今度のはどこか妙な雰囲気がただよっていて、いっそう気持ちが疲れた。
 少し遅れて出てきた麓郎が、持ち前のあっさりした口調で言った。
「実はあのハーブ園、おととい行ったばかりなんだ」
「だから名前を知ってたのね。 ありがとう、口実作って連れ出してくれて。 ゲームはともかく、DJは苦手なの」
「俺も。 礼なんかいいよ、自分が逃げたかっただけだから」
 二人はゆっくり五段の石段を降りた。 麓郎が右手にある駐車場へ行きかけたので、史麻は急いで知らせた。
「私、さっき電話でタクシー呼んだの」
「ああ……じゃ、どうしようか。 ここで別れる?」
 どうも背後の窓が気になって、史麻はためらった。
「どっかから見られてるかな。 嘘ついたのがばれちゃう」
「だよな。 それじゃ、一緒にタクシー乗ってって、適当に時間つぶして車取りに戻ってくるとするか」
 この人、見かけよりずっと親切だ――史麻は、整いすぎて冷たくさえ感じられる麓郎の横顔を、感心して見上げた。
「なんか、悪いわ」
「兄貴に頼まれてるから。 俺、市郎〔いちろう〕のパシリなんだ」
「お兄さん、イチローさんって名前?」
「そう。 野球選手の人とは字が違って、市場の市だけど」
 そこで麓郎はいたずらそうな表情になった。
「知らなかった? じゃ、まだ葉山さんって呼んでるんだ」
 まだ? その言い方が引っかかった。 もしかすると、葉山市郎の彼女だと思われているのだろうか。
 そこのところを訊いてみようとして息を吸ったとき、前の道を軽快にタクシーが飛ばしてきた。







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