表紙

丘の家 37


 確かに史麻は注目されていた。 それも、男性からだけでなく、広い部屋に点々と散らばっている女性たちからも。
 小テーブルで、手伝いの女の子が運んできたチーズケーキをつまんでいた娘が、横歩きしながらじわじわと近づいてきて、さりげなく尋ねた。
「モデルさんなんですか?」
 史麻はあいまいに微笑した。
「ええ……」
 すぐに返事がもらえたことで、娘は勢いづいた。
「なんかそんな感じだと思った。 やっぱり雰囲気ありますねぇ。 コマーシャル撮影ってどんな感じなんですか?」
 熱心に訊いてくる十代後半か二十代初めの娘を見て、史麻は気持ちがほぐれた。 くりっとした大きな眼は素直で、底意がない。 東京でよく会う肩肘張った、どこかすねたような子たちとは一味違った。
「スチールより、ちょっとでも芝居しなきゃならない分大変です。 私はそんな大したことしてないけど」
「えーでも素敵ですよー」
 気取らず、はにかんだような笑顔を浮かべるからか、いつの間にか史麻の周囲にはわらわらと女性陣が集まりはじめた。
 中には、好みを訊いてカウンターからわざわざカフェオレを持ってきてくれる女子まで現れて、五人ほどで卓を囲み、楽しいおしゃべりタイムになってしまった。

 くつろぎ始めた史麻が、カップに口をつける間広間に視線を流すと、クリーム色のプリントドレスの女性に話しかけられていた麓郎と目が合った。 すると彼はにやっと笑って、親指と人差し指で小さく○を作ってみせた。
 やがてそそくさと戻ってきた菊乃のほうは、史麻が女の子軍団の中心になっているのを見て、ぎょっとして立ち止まった。
 忘れられた男性陣は、手持ち無沙汰にたたずんでいる。 菊乃の口が、キュッと尖った。
 憤然と歩み寄ってくると、顔だけは笑いながら、菊乃はやや上ずった声で言った。
「あら、楽しそうね。 でも、これからもっと楽しいゲームになるんだから、あんまり盛り上がらないでね」
 それから、さっと振り返って大声を出した。
「さあさあ、司会の新条〔しんじょう〕さんが来ました! みなさん、どうぞこちらへ集まってください!」

 ざわざわと人が動く中で、史麻も仕方なく立ち上がった。
 傍を通るとき、菊乃がキッと睨んできた。
「女の子を独り占めにしてどうすんのよ。 気がきかないわね」
 すかさず史麻もささやき声で言い返した。
「私はお客でホステスじゃないの。 気くばりまで期待しないで」





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