表紙

丘の家 36


 ホテルで片瀬夫人が祝賀会を開いた時、史麻のことを訊いていたあのヒョロ長い男に紹介したいのだろうか。 史麻は大広間に連れ込まれながら、目で懸命に葉山麓郎の姿を探した。
 彼は、奥にしつらえられたバーカウンターの傍にいた。 台の中にはバーテンらしき男が動き回っている。 まだ昼間だから、カウンターに出しているのはソフトドリンクの類が主だった。
 小さ目のマグカップを手に持って、麓郎は史麻のほうを見ていた。 目が合うと、形のいい眉が少し上がって、俺がついてるよ、という合図を送ってきた。
 ほっとして、史麻は菊乃の行く先に関心を移した。 史麻の肘を持ったまま、菊乃はぐんぐんと明るく開けたテラスに近づき、ガラスの掃き出し戸の縁にもたれて話し合っている二人の青年のところへ連れていった。

 菊乃が勢いよくやってくるのを見て、二人は話を止めて顔を向けた。
 史麻を前へ押し出すようにすると、菊乃は気取った声で紹介した。
「新しいメンバーよ。 佐々原史麻ちゃん。 中学の同窓生だったの」
 義理の姉妹とは言わないんだ――なんとなく不愉快だったが仕方なく、史麻は軽く頭を下げた。
 菊乃はペラペラ紹介を続けていた。
「こちらが船村竜〔ふなむら りゅう〕さん。 商事会社にお勤めなの。 そしてこっちが横川博道〔よこかわ ひろみち〕さん。 トレーダーをなさってるのよ」
「ええと、どこかで会いませんでした?」
 背が高くてハンサムな船村のほうが、小首をかしげて思い出そうとした。 その様子を見て、横川が失笑した。
「またそんな古いセリフを」
「いや、本当に……」
 すかさず菊乃がフォローした。
「雑誌かコマーシャルじゃない? この人モデルやってるから」
「ああ!」
 船村は何度もうなずいた。
「チョコレートのCMだ。 そうでしょう?」
「ええ」
 確かに粒チョコのコマーシャルに出ているが、五人家族の次女の役で少し出演するだけだ。 よく見覚えていたなと、不思議なくらいだった。
「ほんのチョイ役ですけど」
「いやー、目立ってた」
 船村は断言した。
 入口のほうで声がするので、菊乃は振り向いて確認した。
「あら、新条〔しんじょう〕さんだわ。 もうそんな時間?」
 そわそわになって、二人の青年に早口で頼んだ。
「じゃ、史麻ちゃんをよろしく。 初めてで、独りぼっちになったらかわいそうだから」
「あっちやこっちで注目されてるよ」
 トレーダーの横川が、視線を部屋の中にぐるっと巡らせて、面白そうに言った。
「独りぼっちなんて、なりたくても無理じゃないの?」





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